第38話 ファラフォロフィレファーレ
「――それで、旦那様よ。ここからどう反撃するのじゃ? 切り札はあの小娘と言っておったが」
エスタは不満そうな顔つきでアナスタシアへと視線を向けた。
「あぁ、これから切り札のアナスタシアにガツンと反撃をかましてもらう……って、おーい!」
アナスタシアの方を見ると、舷側から身を乗り出してまたゲロっているじゃないか。
「ちょ、おい、大丈夫か?」
「すぐりゅううう~、ぎもぢわるいいいいい~」
アナスタシアの所へ駆け寄って背中をさすってやるが、吐き過ぎで何ともやつれた顔になっている。
せっかくの可愛い顔が台無しというか、本当にどこまでも残念な女だな。おまけにゲロ臭が酷くて、こっちまでもらいそうになる。
「旦那様よ、早うせい! 湖賊船がどんどんこっちへ近づいてきておるぞ!」
史実の日本海海戦では、連合艦隊の大回頭によって頭を抑え込まれたバルチック艦隊は、進路を変えて並行戦の構えを取ろうとするのだが、湖賊船は進路を変えることもなく、むしろ速度を上げてこっちに向かってきている。
このまま突き進んで、俺たちの乗っている船に体当たりするつもりなのか。
くっ、もう時間がない……。
「おい、アナスタシア! 今すぐお前にやってもらいたいことがある!」
「わ、私にやってもらいたいこと……だと? げふぉおおお!」
振り向きざまにまたしても盛大に吐いた。
「ちょ、おい! だから、ここにぶちまけるんじゃないって!」
まだこんなにも吐くって、どんだけ朝飯食ったんだよ。ていうか、こんな状態で本当にこいつが切り札になるのか不安になってきた。
けれど、もうそんなことを言っている余裕はない。
「アナスタシア! 今からアレを使え!」
「アレとはなんだ、アレとは? ……う、うっぷ」
吐き気を堪えながらアナスタシアが問い返す。
「アレったらアレだ!」
「だから、アレとは一体何のことだ? あそこに掲げてある私の水着のことか? き、貴様、この期に及んで私にアレを着ろというのか? ……う、うぉえ……ごくっ」
「じゃねーよ! っていうかお前、今飲み込んだよね?」
ここにぶちまけず飲み込んだのはグッジョブ。
「と、とにかく、アレとはあの魔法のことだ! お前が最強魔法とか言っていたアレだよ!」
「あ、あぁ『ファラフォロフィレファーレ』のことか?」
「そう、それだ!」
以前、野営の火起こしで困った時に、アナスタシアが唱えたあの魔法――。
エフェクトこそ最強魔法っぽい派手さはあるものの、発動するまで何が起こるかわからないという、使えそうで使えない魔法だ。
けどまぁ、その魔法のおかげで火を起こせて料理を作れたのだから、いざという時にちゃんと役に立った実績がある。
「今からその『ファラフォロフィレファーレ』をぶちかませ!」
「わかった、や、やってみ……ぼふぉわあああ!」
船内はもはや、ゲロまみれのカオスと化した。もうやだ、こいつ……。
「絶対崇高なる……神の……うぉっぷ……恩寵……ごくっ。宇宙開闢……、天地……創造の混沌を……今ここに……うぉえええええ!」
アナスタシアが吐き気を堪えながらも詠唱すると、かざした両手の先に何重もの魔法陣が現れた。
キターーー! これこれ!
このド派手な発動エフェクトを見ると、どでかい何かが起こりそうで、弥が上にも期待が高まってくる。しかも、今回は何やら辺りの景色が一変して、快晴だった空に暗雲が立ち込め雷鳴まで轟いている。
これならいけるかもしれない!
「よし、今だ! 思いっきり魔法をぶっ放せ!」
「『ファラフォロフィレファー』……ごっふぉわああああああああああああ!」
弧を描いて宙を舞うアナスタシアのゲロとともに、魔法陣から眩い光が放たれた。
俺はあまりの眩しさとゲロから身を守るため、とっさに両手で顔を覆い目を閉じる。
そして次の瞬間、全身が刺すような冷気に包まれたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【あとがき】
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