第37話 大回頭
湖賊船はおよそ1000メートルの所にまで迫ってきていた。
俺たちの船が湖を南に進んでいるのに対して、湖賊船は北北東に進路を取り、このままいけば反航戦のような形になる。
しかしそうなったら、大砲などの飛び道具がない俺たちに勝ち目はない。
湖賊船からの砲撃が増してきて、辺りに水柱がいくつも上がるようになってきた。
そろそろか――。
「エスタ、これをマストに掲げろ!」
俺は手にしていたアレを放り投げた。
「何じゃ、小娘の紐か」
水着を受け取ったエスタは、不承不承マストによじ登ってそれを結び付けた。
アナスタシアのハレンチ極まりない、ほぼ紐のようなTバック水着が、湖上の風を受けて勢いよくたなびく。
「わ、私の水着があああああ! 下ろせ、今すぐあれを下ろせえええええ!」
アナスタシアが顔を真っ赤にして喚き散らしている。
「旦那様よ。あれには一体何の意味があるのじゃ? というか、なぜあやつの水着なのじゃ? 我の水着でもよかろうに」
何とも解せぬといった顔でエスタが聞いてきた。
いやいやいや、エスタの着ていたスク水なんて掲げられるかっての。それよりも、これにはこれでちゃんと意味がある。
「あれはZ旗の代わりだ」
「Z旗?」
まぁそう言っても、エスタたちに分かる訳ないか。
日本海海戦で、東郷平八郎が戦闘開始直前に、座乗する旗艦三笠のマストにZ旗を掲げて全軍に伝達したのだ。
――皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ――
それに倣って、俺も湖賊との決戦を前に、みんなの士気を鼓舞するためアレを掲げたというわけだ。まぁ俺たちのはZじゃなくてTだけどね。
「あれはゲン担ぎみたいなもので、ぶっちゃけて言うと、この戦いに負けたら俺たちのパーティはおしまい。だから、みんなガンガンいこうぜ! っていう意味だ」
「何じゃ、そういうことか。そんなことは言われるまでもないわ」
エスタは腕を組み、ふんっと鼻を鳴らした。
「我はこの戦いに勝利して、旦那様と正式に
「おいエスタ、それ言っちゃダメなやつだから!」
大事な戦いを前に、フラグを立てるようなことを言うんじゃない。それに勝っても負けても、俺はお前との結婚はごめんだ。
「いやあああ! 下ろせ、早く私の水着を下ろしてくれえええ!」
半泣き状態ですがりついてくるアナスタシアを払いのけて、俺は船首に立った。
湖賊船との距離はすでに800メートルを切っている。
――今だ!
俺はすっと右手を挙げ、一呼吸置いてからその手を静かに左へと傾けた。
ふん、決まった!
三笠の艦橋に立つ東郷平八郎が、バルチック艦隊の目前で艦隊に大回頭を命じる名シーンの再現ってやつだ。くぅ~、これ一回やってみたかったんだよねぇ。
……。
…………。
ん? あ、あれ??
俺たちの乗る船は、進路を変えることなくそのまま真っ直ぐに進んでいる。
「旦那様よ、そのポーズは何なのじゃ? もう湖賊の船がかなり近づいてきておるというのに、呑気にそんなことをしておっていいのか?」
エスタが半ば呆れたような顔つきで尋ねてきた。
「いやいやいや、さっきのあれは大回頭しろってことだよ!」
「大回頭じゃと?」
あぁ、もう。分からないかな、このノリっていうやつが。まぁ小説の世界観を、この世界の住人に分かれっていう方が無理な話か。
「あれは取舵いっぱいっていうサインだよ! と、とにかく、急いで船の進路を左に切ってくれ! 目一杯にだ!」
「ならば、最初からちゃんとそのように言えばよいのじゃ。まったく……」
エスタはぶつぶつ言いながら、操舵室に入って舵輪を勢いよく回し始めた。
「おわぁ! ……っとっとっと」
左に急旋回したため船が大きく右へ傾き、船首に立っていた俺はバランスを崩して、危うく船外へ放り出されそうになった。
「ちょ、おい! もうちょっと丁寧に操船しろよ!」
ま、まぁ急旋回しろって言ったのは俺だけどさ。これじゃ、おちおち小説の世界観に浸ることもできやしない。
どうにか急旋回を終えた俺たちの船は、湖賊船を右手に見るようなかたちになった。距離は500メートルを切っているが、位置関係はまさにTの形をしていると言っていい。
湖賊船はこちらに対して真正面を向いているため、砲撃も一時的に止んだ状態になっている。
よし、いよいよ反撃開始だ!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【あとがき】
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