第35話 ずばり、作戦はこうだ!

 翌日、俺たちは再び船で湖に繰り出した。


 天気は雲一つない快晴だが、波がやや高く船が大きく揺れる。


 そのせいでアナスタシアは船酔いになり、朝食の豚バラとレタスのチャーハン、レタスとベーコンのスープをぶちまけた。


「ちょ、おい、船の中で吐くやつがあるか! ゲロなら船の外にしろ!」


 腹が減っては戦が出来ぬとは言うけれど、こいつの場合は食い過ぎだっての。まぁそう言う俺も、朝食べた玉子レタスサンドが喉元まで込み上げてきている。


「旦那様よ、顔色が悪いが大丈夫か?」


 エスタはけろっとした顔つきで、船酔いとは無縁のようだ。こういうところは、さすがロリババァといったところか。


「湖賊の船が見えたぞ。……うぷっ」


 船から身を乗り出してゲロっていたアナスタシアが、口元を押さえながら声を上げた。いち早く湖賊の船影を確認してくれたのはいいけれど、頼むからここではぶちまけないでくれよな。


 アナスタシアの指差す方向へ目を凝らすと、遥かな湖上で追い風に帆をはらませた湖賊船が、悠然とこっちへ向かって来るのが見える。


 その距離はおよそ1500メートルといったところか。


「――それで。本当に勝算はあるんじゃろうな?」


 俺の横に立って、遠くに見える湖賊船に視線を向けたままのエスタが尋ねてきた。


「あぁ、勝算はある」


 それはハッタリでも何でもなく、俺には本当に勝算がある。


「ずばり、作戦はこうだ!」


 俺はポケットの中からある物を取り出すと、エスタの目の前で仰々しく広げて見せた。


「ん? 何じゃ、その紐は?」


「そ、そそそ、それは私の水着ではないか!」


 エスタが怪訝な顔でまじまじとそれを見ていると、アナスタシアが顔を真っ赤にして叫んだ。


 そう、今俺が広げて見せている物は、昨日アナスタシアが着ていた布の面積が限りなく小さい、ほぼ紐のような形状をしたあの水着だ!


 昨日の夜、洗濯して干してあったこの水着を見て俺はとある作戦を思いつき、ちょっと拝借したというわけだ。


「……旦那様よ。いくらオカズに困っていたからとはいえ、それは人としてやってはならぬことじゃぞ」


 さすがのエスタも呆れ顔で、というよりもゴミを見るような目でそう言った。


「見損なったぞ、スグル!」

 

 アナスタシアはよろよろと立ち上がり剣の柄に手をかけた。


「いやいやいや、ちょっと待てって! こ、これは湖賊と戦う作戦を説明するためにだな、その、ちょっと拝借しただけであって、決してオカズにするためとか、そういう不純な動機ではなくてだな……ごにょごにょ」


「問答無用!」


「ちょ、だから誤解なんだってば! 人の話を聞けぇ!」


 狭い船の上なので、この間合いだと除けられない。


 ダメだ、やられる……。


「ごふぉああああああああ!」

 

 剣を抜くよりも前に、アナスタシアは盛大にぶちまけた。


 俺に向けて宙を舞う吐瀉物は、まるでスローモーションのようにゆっくりで、陽の光を受けきらきらと輝いて見える。


 あぁ、助かった……。

 

 でも別の意味で、俺は終わったと覚悟したのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【あとがき】

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