第34話 湖賊の頭目と筋金入りの坊や
「あっはははははは! そいつは面白い!」
沈黙した酒場内の空気を打ち破るかのように、大きな笑い声が響き渡る。
振り向くと、そこにはすらっとした長身の美女が立っていた。
出で立ちは、冒険者というよりも荒くれ者といった格好で、左右の腰には剣と短銃の入ったホルダーを帯びている。
その美女が、ブーツのヒールをカツカツと響かせながら近づいてきた。
「筋金入りの童貞っていうのがどういうモノなのか興味があるねぇ」
気付けば、見上げるほどの距離に立っている。
で、でかい……。いや、身長じゃなくて胸がね。アナスタシアの巨乳が可愛く見えるほどだぞ、これ。
「どれ、見せてもらおうかい、その実力とやらを」
――はい?
美女はやにわに大股を広げてしゃがむと、俺のズボンをパンツごと一気に引きずり下ろした。
!?
酒場内の視線が俺の一部分に集中してざわめきだす。
「ふーん。こいつは確かに筋金入りだ」
美女は不敵な笑みとともに舌舐めずりした。
「ちょちょちょちょちょ! あ、あんた、何してくれてんの!?」
ようやく思考が追いついて、何が起きたのか理解した俺は慌ててズボンを引き上げた。
あまりの恥ずかしさで顔から火が出そうなんだが! っていうか、筋金入りってどういう意味だよ!
「旦那様よ、諦めるのはまだ早い。我が伴侶と見込んだ男なのだ。必ずや、一皮剥けた男になると信じておるぞ」
エスタが訳の分からない励ましの言葉をかけてきた。
「ちょっと待て! 色々と誤解を招くようなことを言うんじゃない! 俺は断じて……」
反論しかけたのを遮るかのように、アナスタシアが俺の肩をぽんと叩いた。
「――ふっ。大丈夫だ、スグル。いざとなれば手術もあるし、大きい小さいで貴様の童貞としての価値が変わるものではない」
アナスタシアは同情と憐み、そして微かな侮蔑も含んだ笑みを浮かべながらそう言った。
「ちょ、まっ……、お前まで何言ってんの? お、俺は被ってなんかないし、その……、ちょっとしか? そ、それに大きさだってその、平均よりかは……ごにょごにょ」
股間を押さえてもじもじする俺に、アナスタシアとエスタ、さらには謎の美女までもが生温かい視線を向けてきた。
くそっ。何の罰ゲーム、いや羞恥プレイだよ、これ……。
「おい、俺のズボンを引きずり下ろしたそこのあんた! 思いっきりセクハラだぞ、これ! ていうか、あんたは一体何者なんだ!?」
見たところ、只者でないことだけはわかる。エロさで言ってもアナスタシアの三割増し、いや五割増しといった感じだからな。
「あたいが誰だか知りたいのかい? いいだろう、筋金入りのアレを見せてもらったお礼に教えてやろうじゃないか」
美女は腰に帯びた剣を鞘から引き抜くと、黒い瞳のハイライトに妖艶な色を湛えつつ、剣の腹にねっとりと舌を這わせた。
「じゅるるるるる……。あたいの名はメートウ。この辺りじゃ、湖賊の頭目だとかでちょいとばかり恐れられているようだけど」
湖賊の頭目だって!?
酒場内が一気に騒然として、俺の周りにいた客らが慌ててその場から逃げ出した。俺も逃げ出したいところだが、蛇に睨まれたカエルのように体が硬直して動けない。
近くにいるアナスタシアは剣の柄に手を掛け、エスタも慌てて身構える。けれど、二人ともそれ以上は身動きが取れない様子だ。
目の前にいるこの女のせいで、120万もの儲けがなくなったのかと思うと、恐怖とは裏腹にふつふつと怒りが込み上げてきた。
「おや? どうしたんだい、そんな怖い顔で睨みつけて。そんな目で見つめられたらあたい、ゾクゾクしちまうじゃないか」
そう言うと、メートウは身をよじって悶えだした。
その隙を突いて、アナスタシアが鞘から剣を引き抜き、エスタも勢いよく飛び掛かる――。
しかしメートウは、目にも留まらぬ速さで腰のホルダーから短銃を取り出すと、それをくるりと翻してアナスタシアには銃口を、もう片方の手に持っていた剣をエスタに向けた。
「動くんじゃないよ! ぴくりとでも動いてみな。その可愛い顔にどでかい風穴空いて、おチビちゃんも串刺しだよ!」
「「……くっ」」
アナスタシアとエスタは完全に動きを封じられ、にわかに緊張が高まった。
「あたいはそこの筋金入りの坊やに用があるんだ。邪魔するんじゃないよ!」
あの……。筋金入りの坊やって、それ地味に傷付くんですけど。
「――さて。坊やはさっき、湖賊と戦うって随分と威勢のいいことを言っていたじゃないか。それはこのあたいとやり合うってことでいいのかい?」
メートウは二人へ向けた銃と剣の構えを崩すことなく、片足を俺の方へすっと伸ばすと、つま先で下半身の辺りをゆっくりと撫で回してきた。
えっ、あ、ちょ……。
俺は恐怖とエロさに圧倒されて、ぴくりとも動くことができない。
でもそれとは裏腹に、ある一部分だけは素直に反応してしまっている。
「おや? どうしたんだい。ここに筋金が入ってきたようじゃないか」
ニンマリと淫靡な笑みを浮かべて、さらに艶めかしくつま先を動かすメートウ。
ま、まずい……。身体は動かないけれど、これは前のめりにならざるを得ない。
「や、止めろおおおおおおおお!」
俺の叫び声でメートウが足の動きを止めた一瞬の隙を突いて、アナスタシアが剣を真一文字に振り払い、エスタもメートウ目がけて飛び掛かった。
メートウはそれらをしなやかな身体の動きでひらりひらりとかわしつつ、再びその場で剣と短銃を二人に向けて構え直した。
その身のこなしはまるで曲芸のように美しく、しかもかなり戦闘に慣れているといった感じで、さすが湖賊の頭目だけのことはある。
「ふん……。何だか興が削がれちまったねぇ」
メートウはすっと構えを解いて、やれやれといった仕草をして見せた。
「いいモノを拝ませてもらったことだし、今日のところはこれで引き上げようじゃないか。そこの筋金入りの坊や。もしもあたいと本気で戦うっていうならいつでもかかってきな!」
メートウは手にした剣を俺に向けると、これまでとは打って変わって、殺気を帯びた鋭い目つきで睨みつけた。
「何なら戦うのは湖の上じゃなくて、あたいのベッドの上でもかまやしないよ?」
そう言うと、今度は一転してエロい顔つきになり、片手に持っていた短銃の銃口を舌先でれろれろと弄んだ。
それを見て俺はぞくぞくっとするのと同時に、ベッドの上での戦いっていうのを想像して、ちょっとだけ前のめりになる。
だ、だってしょうがないじゃない、童貞なんだもの……。
「ふふん、坊やのソレはやる気満々じゃないか。楽しみにしてるよ」
メートウはくるりと身を翻すと、高笑いを浮かべて悠然と立ち去って行った。
俺は全身の力が一気に抜けて、へなへなとその場に座り込んだ。
メートウの圧倒的なまでの気迫とエロさを前に、何もできなかった自分がめちゃくちゃ情けない。
「……スグル。筋金入りの坊やなのに、あの女とやり合って本当に勝てるのか?」
何やら含みのあるジト目で、アナスタシアが問いかけてきた。
「おい、それはどういう意味だ? ていうか、筋金入りの坊やって言うのは止めろ! そもそも、お前のせいでそんな風に呼ばれたんだぞ!」
アナスタシアはそんなの知ったことかと、ぷいっとそっぽを向いた。
「我は旦那様があの女とやり合うのには反対じゃ! まして、ベッドの上でなどもっての外じゃぞ!」
エスタはエスタで何か勘違いしているようだ。
「ベッドの上で戦うわけないだろ! 真正面からぶつかり正々堂々と戦って勝つ。だからそのためにもお前たちの協力が必要だ!」
俺は強がってそう言ってはみたものの、武者震いが止まらなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【あとがき】
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