第30話 屈辱のクエスト相談

「登録がお済みになりましたら、あちらでクエストの検索を自由に行えるようになっております」


 受付のお姉さんが指し示した方へ目をやると、多くの座席が並べられているのが見える。そこでは冒険者たちが、浮かび上がるウインドウを食い入るように見たり操作したりしていた。


 その様子はまさに、元いた世界にあるハローワークのようだ。いやむしろ、ウインドウが浮かび上がる仕掛けがあるなんて、元いた世界よりもすごいんじゃないのか、これ。


 とりあえず、空いている席に腰かけてみると、目の前にウインドウが浮かび上がった。そのウインドウに人差し指で触れて、パーティー名やメンバーの名前、年齢などを入力する。


 次に、希望するギルドやクエストを選択する画面が出てきたので、ここは冒険者ギルドを選択して検索へ。


 すると――。


『検索結果は0件です』


 えっ? ちょ、どういうこと??


 あぁそうか、もしかして……。


 メンバーからエスタを除外して再度検索をかけてみると、今度は検索結果がずらりと出てきた。


 ……やっぱり。この超絶ロリババァのせいだったか。


「にゃ、わ、我のせいだと言うのか!? 年齢はちと上じゃが、見た目はこの通りまだまだイケるじゃろうが!」


 いや、お前の場合140億歳という年齢もそうだけど、そのロリロリしい見た目からもアウトだと思うのだが。


 まぁいい。登録メンバーを除外してのクエスト受注は何かと手間のようなので、年齢制限なしのクエストを探すことにしよう。


 改めて、年齢制限なしで検索をかけてみると、それなりにクエストはあるようだ。


 どれどれ――。


『レッドキャッスル山に住みついて山火事を引き起こすキメラ退治』


『ヨルマ山の火口で噴火を誘発するサラマンダー討伐』


『ステイブルブリッジ市近郊で家畜を食い荒らすグリフォン退治』


『廃坑になったテオ銅山で暴れるゴーレム退治』


『絶海の孤島トリノーキ島の巨大洞穴に生息する猛毒ハリネズミの駆除または捕獲』


『ウォーター市の街外れにある廃病院を夜な夜な徘徊する悪霊払い』


『フユナ山麓で大量発生したガーゴイルの駆除』


 俺はウインドウをそっと閉じた。無理無理、絶対に無理!


 キメラにサラマンダーにグリフォン? どれもこれも異世界の生き物ばかりじゃないか! 


 まぁここは異世界なんだけど。でもこんなの、生身の人間がどうこうできる相手じゃない!


「ん? 旦那様よ、どうしたのじゃ? 良さそうなクエストは見つからなかったのか?」


「スグル。インヴィランド兵との戦いとか、祖国フリンスを救うようなクエストはないのか?」


 のんきにそんなことを言ってるこの二人を見ていると、とてもじゃないけれど、さっきのようなクエストを受けられるとは思えない。


 そうだ! ここはボンクエの人に相談して、今の俺たちに見合ったクエストを紹介してもらうことにしよう。


§§§


「番号札0721番のパーティーの方。8番窓口までお越しください」


 番号を呼ばれた俺たちは、指定された窓口へと向かった。そこには九一分けのバーコード頭にメガネという、いかにも公務員然としたおっさんがいた。


「すみません、クエストの相談をお願いしたいんですけど……」


 恐る恐る声をかけるとおっさんはぎろりと一瞥し、ふんっと鼻をならしてそこへ座れと顎で促した。


 うわぁ、感じ悪っ……。


「……チッ。パーティーかと思ったら家族連れかよ」


 おっさんは舌打ちしながらぼそっと呟いた。


「違います!」「違う!」「違うわぁ!」


 俺たち三人は同時に、そして即座に否定した。


 とりあえず、椅子に腰かけボンクエカードを差し出す。おっさんはそれをひったくるように受け取ると、面倒臭そうにチェックを始めた。


「――あのさ、あんたら舐めてんの?」


「は、はい?」


「こんなクソみたいなレベルで、冒険者ギルド系のクエストを本気で受注できると思ってるのかってこと」


「は、はぁ……。なので、俺たちにもできそうなクエストがあるかを相談に……」


 えっ、何このおっさん。本当に感じ悪いんだけど。


「クエストを受注する前にさ、まずは最低限のレベル上げをしとくのが常識でしょ。レベル3って何だよ、ったく」


「す、すいません……」


 おっさんの言葉にはムカつくものの、その通りなのでぐうの音も出ない。


「弱いんだったらさ、そこら辺にいるスライムでも倒しまくってそれなりにレベルを上げてから来いっての。スライムを1000年倒しまくってレベルMAXまで上げた猛者や、ゴブリンだけを狩って最上級ランクになった冒険者だっているってのに」


 ……仰る通りでございます。


「おい、小僧! 黙って聞いておれば小賢しいことをごちゃごちゃと言いおって! これ以上我の旦那様を侮辱すると許さんぞ!」


 おっさんにぼろくそ言われてうなだれる俺をかばうかのように、エスタが声を張り上げた。


「ははは、お嬢ちゃん。小僧とは誰のことかな? ここはお嬢ちゃんのような小便臭いガキの来るところじゃないんだよ」


 おっさんが気色の悪い笑みを浮かべて切り返す。


「にゃ!? しょ、しょしょしょ、小便臭いガキじゃとおおおおおおおお??」


 エスタの顔は見る見る真っ赤になった。


「140億年生きてきてこれほどの屈辱を味わったことはないわ! 小僧よ、我を小便臭いガキ呼ばわりしたことを未来永劫後悔させてやる!」


 いや、そこはこのおっさんの言ったことは、強ち間違っちゃいないと思うけどな。


「おい、そこのハゲ。エスタ様に対してなんと無礼な! 成敗してくれる!」


 アナスタシアも激高して剣の柄に手をかけた。


「ちょ、おい、二人とも止めろ!」


 ここで騒ぎを起こしたらクエストを紹介してもらえないどころか、下手したらボンクエの登録を抹消ってことにもなりかねない。


 俺は両手で二人の頭を押さえつけて、窓口のテーブルに額を擦り付け謝らせた。


「ふんっ。すぐに暴力に訴えようとするとはなんて野蛮な奴らだ。私が言うのも何だが、そもそもここへ相談に来ているあんたらはもう負け組なわけ。大した学歴や経歴、スキルがあるわけでもなく、努力を怠って公務員や大手ギルドに所属できていない時点で、あんたらの人生はもう詰んでるんだよ」


 おいおい、バーコードのおっさん。それはいくら何でも言い過ぎだろうと思いつつ、何も言い返すことができない。


 俺は込み上げる怒りを、再び暴れ出そうとする二人の頭を押さえつけて、謝罪の体でテーブルにがしがしと打ちつけることで紛らわせる。


「仰る通りでございます。なので、人生詰んでいる負け組の俺たちにでも受注可能なクエストをどうか紹介してください。お願いします!」


 ここは俺も、恥を忍んでテーブルに額を擦りつけおっさんに頼み込んだのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【あとがき】

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