第26話 アレをつかませて……
どうにか結婚を回避できたわけだが、住民登録ができない問題をどうするか――。
「しょうがないのぉ。おい、そこの受付の小娘よ。市長を呼べ」
エスタはやれやれと大きなため息をつくと、まるで飲食店で店長でも呼びつけるような気軽さでそう言った。
「申し訳ございません。市長への面会は事前にアポをとっていただかないと……」
受付のお姉さんは困惑しつつも、こういう際の型通りの対応は心得ている。
「えぇい、相変わらずお役所というのは融通が利かんの! 市長にエスタが来たと言えばそれで分かるわぁ!」
そうして、エスタが市長を呼んでから数分後――。
身なりのいい初老の男がばたばたと慌てた様子で駆けつけてきた。
「こ、これはこれはエスタ様。わざわざこのような所へお越しくださるとは! 前もって仰ってくだされば、こちらからお迎えに上がりましたものを!」
「いや、今日は忍びゆえこっちから出向いたまでのことじゃ」
市長とみられるおっさんはエスタにへこへこと頭を下げている。
えっ? もしかして、エスタって本当はすごい奴なの??
小学○年生くらいにしか見えない幼女に、市長があんなにも恐縮しているなんて。
「――それで。本日はどのようなご用で?」
市長は乱れたバーコード髪を整え、ハンカチで額の汗を拭いながら用件を伺った。
「うむ、じつはの。そこにおる軟弱そうな童貞男と結婚しようと思っての。それで婚姻届を出したのじゃが、そこの受付の小娘ができぬと申して受理してくれなかったのじゃ」
「なんと、エスタ様にそのようなご無礼を働いたのでございますか!? それはそれは大変失礼致しました。その者は後できつく叱りつけておきます!」
「ひいっ! そ、それは法律の問題でして私のせいでは、ごにょごにょ……」
思いもよらず自分のせいにされた受付のお姉さんは、可哀想なくらいに動揺している。これは完全にもらい事故だな。
ていうかエスタ。人前で俺のことを童貞って言うんじゃない!
「まぁ結婚については、この国の法律がそうなっておるのなら仕方がない。じゃが、その童貞男にはもう一つ問題があっての。訳あって国籍や戸籍がないのじゃ。そこで市長よ、ものは相談なのじゃが—―」
そう言うとエスタは市長を物陰へと導いて耳打ちを始めた。
「……が、……じゃから、……での。ゆえに、……で頼む。悪い話ではなかろう?」
「は、はぁ。しかしそれは……。はい、はい。そういうことでしたら……」
エスタと市長は、腹黒い笑みを浮かべて何事かで意見が一致したようだった。
「おい、旦那様よ。市長と話がついた。お主に戸籍が与えられることになったぞ」
「えっ、マジか!? ……でもそれって、結婚するのが条件とかじゃないよな?」
しれっと俺のことを旦那様と呼んでいるあたり、絶対に何か企んでいるに違いない。
「そ、そんな訳なかろう。結婚については法律でまだできぬということじゃったろうが」
エスタの目は泳ぎ、明らかにきょどっている。
「じゃあどうして、急に俺に戸籍が与えられることになったんだよ?」
俺はエスタの肩に掴みかかり厳しく問い詰めた。
「そ、それはじゃな。つまりその……。お主は未来の旦那様ということにして我が身元引受人となり、特例としてお主に戸籍が与えられることになったのじゃ」
くっ……。こいつ、まだ結婚を諦めてないのかよ。
「それを認めさせるために、いったいどれだけのパイタケを市長に掴ませることになったか……」
そういうからくりだったのか。
「おい、ちょっとエスタさん。それって明らかにダメなやつですよ?」
「そうです、エスタ様! こんな軟弱な童貞男との結婚など、明らかにダメなやつです!」
アナスタシアよ、論点はそこじゃない。ていうか、お前も童貞って言うな。
そんなこんなで、エスタのお蔭でもって俺に戸籍が与えられて、無事に住民登録も済ませることができたのだった。
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【あとがき】
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