第25話 婚姻届♡

「エスタ様、何を血迷っておられるのですか! 先ほども申し上げましたが、こんな国籍も戸籍もない怪しい童貞男と結婚されるなど、私は断固反対でございます!」


 アナスタシアが取り乱しながらエスタに訴えた。


 だから、俺のことをいちいち貶すの止めてもらえます? それと、童貞言うな!


「何じゃ、我はスグルのためを思って言っておるのじゃぞ。我と結婚すれば、スグルには国籍も戸籍も与えられるのじゃ」


 エスタは、どうだ恐れ入ったかと言わんばかりに踏ん反り返った。


 あぁ、その手があったのか!


 もしこのまま住民登録ができなければ、ボンクエにも登録できない。そうなると、クエストも受けられず、この世界で生きていくことすらままならなくなる。


 でもエスタと結婚すれば、国籍も戸籍も得られて住民登録ができる。つまり、堂々とこの国で生きていけるというわけだ。


 う~ん……。ここは背に腹は代えられないか。


 なぁにどうせ結婚といっても、書類上の形だけのものだ。そう思って署名欄にサインをしようとしたものの、いざとなるとペンを持つ手が震えてしまう。


「そうじゃそうじゃ。そのままさっさとサインせい」


 エスタがニヤリと腹黒い笑みを浮かべてサインを急かしてくる。


「止めろ、スグル! サインはさせんぞ!」


 アナスタシアが剣の柄に手をかけて、今にも斬りかかってきそうな勢いなのを、エスタがその小さな身体で必死に食い止める。


「スグル、早うサインせんか!」


「エスタ様、お放しください! あやつを、あやつを止めねば!」


 …………。


 俺は揉み合う二人を尻目に、震えるペン先で婚姻届にサインをしてしまった。


 それを見届けたエスタが、さっと俺の手元から婚姻届を取り上げると、机の上に飛び乗って高笑いを上げた。


「はーっはっはっは! やった、やったぞ! これで我はやっと結婚できるのじゃああああああ!!」


「あぁ、私の敬愛するエスタ様が結婚してしまわれる……」


 アナスタシアはへなへなとその場に崩れ落ちた。


 ……ん、あれ? これでいいのか、俺。何かに憑りつかれたようにサインをしてしまったけれど、段々と後悔が込み上げてきた。


 人生にとって一番大事なはずの結婚を、こんなにあっさり決めてしまっていいのか? 結婚というのは本当に好きな人、愛する人とするものじゃないのか?


 そもそも俺の好きな人は、元の世界で彼女だった由依ちゃんだ。


 そうだ、そうだよ! 俺が本当に結婚したいのは由依ちゃんのはずだ!


 目の前にいる、こんな胡散臭いロリババァなんかじゃない!


「おい、エスタ。やっぱり結婚は無しだ、無し! だから、その婚姻届を返せ!」


「はぁ? 何を言っておる。お主が自らサインしたのじゃ。今更取り消しなどせぬぞ! この書類を提出すれば婚姻は成立し、我とお主は晴れて夫婦めおととなるのじゃ!」


 エスタは、市民課のカウンターの上に飛び移ると仁王立ちになり、それを見上げる受付のバウマノイドのお姉さんに婚姻届を差し出した。


「ちょ、おい、待てえええ! それを出すのは止めろおおおおおおお!!」


 そう叫びながら俺はカウンターへ駆け寄り、エスタの手から婚姻届を奪おうとしたが、わずかの差でお姉さんがそれを受け取ってしまった。


「だあああ! 間に合わなかったあああああああああ!!」


 俺はその場に突っ伏した。


「わははははは! これで我とお主は正式な夫婦じゃ!」


「あぁ、エスタ様が……。こんな怪しい童貞男とエスタ様が……、ぶつぶつ」


 エスタは腰に手を当てて勝ち誇り、アナスタシアは呆然自失として何かを呟いている。


「我は家庭の守り神としても崇められておるゆえ、存分に尽くしてやるぞ、スグル! いや、もう旦那様じゃの!」


「いやいやいや。ほんと、結婚はちょっと待ってくれ! 俺にはこの世界でやらなくちゃならないことがあるんだよ!」


「やらなければならないことじゃと? それはギガセクスの娘のことじゃろう。ふん、あんなビッチな奴らなど放っておけばよいのじゃ」


 エスタは途端に不機嫌な顔になって吐き捨てた。


 ん? 待てよ。その口ぶりだと、こいつはギガセクスの娘について詳しく知ってそうだぞ。


「おい、ロリババァ! ギガセクスの娘について何か知ってるのか? 知ってるなら何でもいい、教えてくれ!」


 俺は思わず、カウンターの上に立つエスタの足首に勢いよく掴みかかった。


「ひゃあ! 我の足を掴むでない、離すのじゃ! ちゅーか、ロリババァ言うなぁ! それにギガセクスの娘のことなど、どうでもよいではないかぁ!」


 エスタは俺の手を振り払おうと必死に足をばたつかせている。


「そんなわけにはいかないんだよ! ギガセクスの依頼を果たさないと俺は元の世界へ戻れないんだ!」


 俺も必死になってエスタの足首をがっちり掴みながら訴える。


「お主はもう我の旦那様なのじゃ! じゃから、もう元の世界へ戻る必要などないのじゃ! これからはこの世界で我と平和な家庭を築くのじゃあ!」


「エスタ様、今からでも遅くはありません! どうか、どうかこんな童貞男との結婚をお考え直しください!」


 アナスタシアも半泣き状態でエスタの足にしがみついてきた。


「ええい、止めい! 二人とも放すのじゃあああ!」


「おい、アナスタシア。絶対に放すんじゃないぞ!」


「あぁ、もちろんだ。何としても結婚を阻止する!」


 俺とアナスタシアの利害が一致した瞬間だった。


「しつこいぞ、お主ら! 我は誰が何と言おうと結婚は止めんぞおおおおお!」


「あの~、お客様……」


 俺たちが市民課の窓口で大騒ぎしているところに、受付のお姉さんが困惑した表情で口を挟んできた。


「大変申し訳ありませんが、先ほどの婚姻届は受理できません」


「「「――へ?」」」


 俺たち三人は同時に固まった。


「この国の法律では、結婚できる年齢は18歳からとなっています。ですが竜舞勝様は、まだ17歳であるため結婚はできないということになります」


 おぉ、そんな法律があったのか。ま、まぁ常識的に考えるとそうだよな、普通。


「っしゃあああああ! これで結婚を回避できたぞおおおおおお!」


「やったな、スグル!」


 俺とアナスタシアは思わず手を取り合って喜んだ。


「「あっ……」」


 すぐに我に返った俺たちは慌てて手を振りほどいた。


「お主ら、我の目の前で何をいい感じになっておるのじゃあ! スグルは我の旦那様じゃぞ! 我は絶対に結婚するのじゃあああああ!」


「お客様、無理なものは無理でございます。それと、痴話喧嘩でしたらよそでやってください。ここで騒ぎを起こされては他のお客様のご迷惑となります」


 俺たち三人は、呆れた表情を浮かべる受付のお姉さんに、冷たい事務的な口調でたしなめられたのだった。

 

 何はともあれ、エスタとの結婚は回避することができた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【あとがき】

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