第21話 カレーヌードルっぽいやつ

 さて、どうにかこうにか焚き火もできたということで、次はいよいよ晩メシの準備だ。


 野営、つまりキャンプと言えばやっぱりアレでしょう、アレ! あの『ぬるサバ』でも、女子高生らが美味そうに食べていたアレですわ。そう、みんな大好きカレーヌードル!


 けれどこの異世界に、当然だがカレーヌードルなんてあるわけない。そこで、カレーヌードルがないのなら作ったらいいじゃなーい! ということで、今からそれを作っていこうと思う。


 とはいえ、別に麺から作ろうというわけじゃない。この異世界にも麺というものが存在する。そう、パスタだ!


 ニャンベルの後に立ち寄った雑貨屋で、乾燥したパスタがあるのを見てこれだと思い買っておいたのだ。元いた世界のものに比べると、やや太くて色も茶色っぽいけれど、これらはまぁ製法や小麦粉の違いなのだろう。


 それはともかく、まずは鍋にオリーブオイルを引いて、森で採ったマツタケっぽいキノコを適当な大きさに切って投入する。


 ていうか、今更だけど毒キノコじゃないよな、これ。ま、まぁ毒見役として、最初はアナスタシアに食べさせるとしよう。


 そして、雑貨屋で買い込んだカルダモン、コリアンダー、ターメリック、クミン、シナモンなどの各種スパイスを適量入れて軽く炒める。


 それから鍋半分ほどの水を加えて、塩を少々と乾燥パスタは折らずに投入する。折ると後々、国際問題に発展したり面倒なことになり兼ねないからな。


 後は10分くらい煮込んだら完成だ。


 ――と、ここまでの作業をアナスタシアは手伝うでもなく、興味津々にほへ~っとした顔で眺めているだけだった。


 こっちの世界へ飛ばされて、いきなりこいつとすごい出会い方をした後、成り行きでこの街までやって来た。そして今は、こうして一緒に野営をしているなんて、一日のうちに色々あり過ぎだろう。


 考えてみたら、女の子とこんなに一緒にいるなんて元いた世界ではなかったな。彼女だった由依ちゃんとだって……。


「おい、スグル! スグル!」


 はっと我に返ると、鼻の頭がつきそうなくらい目の前にアナスタシアの顔があり、妙に生温かくて甘ったるい吐息がかかる。


 おわあああああああああああ!


 俺は飛び上がるようにして後ずさった。


「ん、どうしたのだ? 鍋がぐつぐつしているぞ」


「えっ? あ、あぁ、そうだな」


 突然のことで、我ながらかなり取り乱してしまった。まったく、童貞男子をそんなにドキドキさせるんじゃないっての。


 そんなこんなで、なんちゃってカレーヌードル風スープパスタが完成した。スパイスの香りが鼻孔をくすぐり食欲を掻き立てる。


「これは何ていう食べ物なのだ?」


「そいつは俺のいた国の食べ物で、カレーヌードルっていうやつだ。まぁ、そのもどきだけどな。でも味はめっちゃうまいぞ、保証する!」


 アナスタシアがフォークで恐る恐る麺をすくい上げる。そこから漂ってくるスパイシーな香りにゴクリと生唾を飲み込むと、一気にそれを口に入れた。


「はっ、はふっ、はふっ……。あ、あつ……って、うまい!」


「だろう?」


 俺はニヤリと笑った。


 そこからはもう、アナスタシアは堰を切ったようにはふはふしながら勢いよく食べだした。


 しっかし、可愛い顔して美味そうに食うじゃないか。これだけ美味そうに食ってるなら、森で採ったあのキノコも毒ではなさそうだな。


「スグル、おかわりをくれ!」


 ほんのり汗ばむ顔をキラキラさせたアナスタシアが、空になったカップを勢いよく差し出した。


§§§


 晩メシを食べ終えると、辺りはもうとっぷりと陽が暮れていた。


 焚き火がパチパチと音を立てて勢いよく燃えている。俺たちはしばらくの間、無言のまま焚き火を見つめていた。


 あぁ、いいな、この雰囲気。焚き火を見ていると何だか落ち着いてくる。


 体育座りのように膝を抱えて座っているアナスタシアは、お腹がいっぱいになって眠くなってきたのか、炎を見つめる目がとろんとしていた。


 そう言えば、俺はまだこいつのことを何も知らないんだよな。自分のことを救国の英雄とか言ってる痛くて面倒臭い奴ってこと以外は。


「なぁ、アナスタシア」


「ふぁい?」


 アナスタシアは、よだれをこすりながら寝ぼけた顔を上げた。


「お前はどうして一人で旅をしているんだ? 救国の英雄になるとか言っていたけど」


 さっきまで眠たげな顔をしていたアナスタシアは急に真顔になり、そして静かに語り出した。


「私の目的はただ一つ。それは偉大なる祖国フリンスに忠誠を尽くし、悪逆無道のインヴィランドからこの国を守ることだ」


 アナスタシアの語るところを要約すると、つまりはこういうことだ。


 俺たちの今いるここはフリンスという国で、海を挟んだ島国インヴィランドとの間で千年にもわたって戦争が続いている。


 そんな中、今から300年ほど前に、アナスタシアの故郷がインヴィランドによって攻められ、大きな被害を受けたという。


 それからというもの、アナスタシアの故郷ではインヴィランドへの復讐を誓い、その地から神によって選ばれた救国の英雄が現れて、フリンスをインヴィランドの侵略から守り戦争を終結へ導くという。そして、その者こそが自分なのだと。


 ふむふむ、神に選ばれて救国の英雄となり祖国を救うか。なるほどなるほど。……って、これって完全に拗らせてるやつじゃねーか!


 さっき食材を買った雑貨屋の親父にちらっときいた話だと、確かにフリンスとインヴィランドは千年近く戦争をしていたらしい。でも今は事実上休戦状態になっていて、両国の国民は普通に行き来しているという。つまり、フリンスは別に危機的状況にあるわけではない。


 それなのに、アナスタシアは自らを神に選ばれた救国の英雄だと思い込み、インヴィランド人を敵視して、見かけると手当たり次第に戦いを挑んでいるというわけか。


 俺がこの世界へ飛ばされてきた時もまさにそういう状況で、アナスタシアは逆に返り討ちに遭い、男たちに襲われていたんだな。


 そんなの命がいくつあっても、いや、純潔しょじょがいくつあっても足りないだろう。それなのに自分は神に選ばれし者だからと、頑なに純潔であることにこだわり続けているわけか……。


 改めて、こいつはあまりに痛過ぎる。そんなアナスタシアの方へ目をやると、すでに横になって寝息を立てていた。


「おい、こんなところで寝ると風邪引くぞ、起きろ!」


「う、う~ん……。私は神に選ばれし者。祖国フリンスを……むにゃむにゃ」


 俺はアナスタシアをテントへ連れて行こうと、その腕を取って肩へと回す。時折り柔らかい感触が俺を襲い、その度によろめきながらもどうにかこうにか彼女をテントまで運び入れた。


 寝袋に入れてやるのも面倒なので、そっとそれを掛けてやった。


「スグル……」


 ん、起きたのか?


「カレーヌードルおかわり! むにゃむにゃ……」


 ――ったく、寝言かよ。


 よだれを垂らして満足そうに眠るアナスタシアを見て、やっぱりこいつのことを放っては置けないと改めて思うのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【あとがき】

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