第18話 野営具専門店

「夫婦喧嘩ならよそでやってください!」


 ケモ耳の女の子は何を勘違いしているのか、いきなりそんなことを言ってきた。


「「夫婦じゃない!」」


 俺とアナスタシアは、息もぴったり同時にツッコミを入れた。


 ――って、あれ?


 よく見るとその女の子は、猫のコスプレでもしているのかと思ったら、そのケモ耳は赤みがかった髪と一体になっていて、尻尾も自然な感じで左右にゆらゆらと動いている。


 これって、いわゆる獣人ってやつなのか!?


「あの……。その耳に尻尾って、キミってその……獣人か何かなの?」


 俺は女の子に恐る恐る聞いてみた。


「いきなり何ですか、失礼ですね。私はニャンマノイドです。そんなことも知らないんですか? それと、獣人って差別用語です。訴えますよ?」


 猫のようにしなやか身体つきをした女の子は、その控えめな胸とは裏腹に、尊大な態度で畳みかけてきた。


 ニャンマノイドって、要するに猫の獣人ってことなのね。そしてこの世界では、魔物の他に獣人も存在するというわけか。


 うーん、ますますファンタジー感が出てきたじゃない。ていうか、獣人って言葉はここじゃ差別用語なんだな。


「さぁ、用がないのでしたらさっさとお帰りください。さもないと、営業妨害で訴えますよ?」


 くっ……。この子、さっきから訴える訴えるって圧力をかけてきやがる。面倒なことになる前にさっさと退散するか。


 アナスタシアの首根っこを掴んで立ち去ろうとしたその時、ふとこのお店の看板が目に留まった。


 ――野営具専門店 ニャンベル――


 野営具専門店!? それってつまり、アウトドア専門店ってことだよね?


 こ、これだ! そうだよ、泊まる所がないのならキャンプをすればいいじゃないか!


「ニャンマノイドちゃん! 野営具専門店ってことはキャンプ道具とかあるよね?」


 俺は寝る場所問題が一気に解決できる興奮から、思わず女の子の手を取ってしまった。


「にゃ、にゃにゃにゃ……、にゃにするんですかぁ!」


 女の子は見る見る顔を赤らめ、慌てて俺の手を振り払った。


「私はニャンマノイドちゃんではありません。フレイアというれっきとした名前があります。それと、いきなり手を握ってくるなんてセクハラです。訴えますよ?」


「あっ、ご、ごめんなさい……」


 やっべ、こっちの世界にもセクハラってあるのかよ。気を付けなきゃ。


「すまんな。この男はまだ童貞なので許してやってくれないか」


 アナスタシアが横からしれっと口を挟んできた。


「ちょ、アナスタシア。余計なことを言うんじゃない!」


「……そういうことなら、まぁしょうがないですね」


 フレイアはフレイアで、それであっさりと納得したようだった。おい、そこは納得するな!


 それはともかく、キャンプ道具について聞かなければだ。俺はコホンと咳払いをしてから話を切り出した。


「ところでフレイア。キャンプ道具が欲しいんだけど……」


「キャンプ? 何ですかそれは。ここは野営具専門店です。訳のわからないことを言っていると訴えますよ?」


 えっ!? 野営具専門店なのにキャンプを知らないだって??


 この世界にはキャンプという言葉や概念がないということなのか?


 それなら――。


「いや、ほら。あの……、キャンプっていうのはテントをこう……、地面に張って寝泊まりすることで……」


 俺は身振り手振りで、キャンプの何たるかを説明してみせた。


「あぁ。それはつまり野営ということですよね。それならそうと言ってください。訴えますよ?」


 だから、何でもかんでも訴えるって言うのは止めろ!


 ということで、テントにシュラフ、コッヘルやお皿、マグカップといったキャンプ道具……もとい、野営具一式を買うことにした。


「それでは、合計で499フリンになります」


 えっ、そんなにするの? ヤバい、今の所持金じゃ全然足りないじゃないか。


 そういやキャンプ用品って、元いた世界でもお高いイメージあるもんな。ましてや、専門店とかで買うとなるとなおさらだ。


「えーっと……、どれもこの店の一番安いやつでお願いします」


「こちらの商品はどれも当店で一番安いものとなっております。どうします? 買うんですか、買わないんですか? 買わないんでしたら訴えますよ?」


 くそっ、このアマ。可愛い顔して、事あるごとに訴える訴える言いやがって。あのなぁ、買いたくてもお金が足りなくて買えないんだっての。どうかそこを察してくれよ……。


「あの……。訳あり品とか、そういうのでもっと安いのってあります?」


「申し訳ありません。あいにく、当店ではそのようなものは取り扱っておりません」


 あぁ、やっぱりそんな都合よくあるわけないか。


「――ですが。廃棄品でしたらあちらのカゴの中にありますよ」


 廃棄品だって!?


 フレイアが指差す方を見ると、どよーんとした空気の漂うカゴの中に、穴の開いたテントやぼろぼろのシュラフ、錆付いた鍋や欠けたお皿などが色々と詰まっていた。


 むむむ……。背に腹は代えられない。この際、これらで我慢するとしよう。


「じゃ、じゃあ、これらをください」


 嬉しいことに、廃棄品ということでこれら野営具一式はタダでもらえるという。


「むぅ~。臭いし汚いし、何より全然可愛くないんだが」


 横でアナスタシアが、頬を膨らませてぶつぶつと不満を漏らしている。


「金がないんだからしょうがないだろ。わがまま言うな!」


「私は救国の英雄となる身だぞ。こんなガラクタなど使えるものか!」


「はぁ? 今のお前に救国の英雄になる資格なんて無いだろうが!」


 あ、やべっ。さすがにこれはちょっと言い過ぎだったか。


「ふえっ……。うぅ、ううううう……」


 アナスタシアは見る見る目に涙を溜め、やがて大声で泣き出した。


「わぁああああん! どうせ、どうせ私は純潔しょじょではな……」


「あぁ、すまんすまん、今のは俺が悪かった! だから泣くなって!」


 店内で泣き叫ぶアナスタシアと、それを必死になだめる俺。


「……あの、お客さん。ですから、夫婦喧嘩ならよそでやってください。訴えますよ?」


 フレイアが心の底から呆れたような顔をしてそう言った。


 そんなこんなで、思いもかけず野営具一式をタダで手に入れることができたのだった。


 帰り際、レジ脇にふと目をやると、ニャべゾーくんのストラップが陳列してあった。


 1個5フリンか……。


「これ、一つください」


 廃棄品とはいえ、野営具一式をタダでもらったお礼も兼ねて、俺はそれを一つ買うことにした。


「ありがとうございました~。またのお越しをお待ちしておりません。もしまた来たら、今度こそ訴えますよ?」


 まったく、最後までなんて酷い接客だよ。


 お店を出た後、俺はアナスタシアを呼び止めると、ニャべゾーくんストラップを無造作に差し出した。


「さっきはその……、言い過ぎて悪かったな。ほら、これ」


「えっ、これを私にくれるのか?」


「お、おう」


 まだ涙で目を赤くしたアナスタシアの顔がぱっと明るくなった。


 だああああああ! 何だかこういうの、くっそ恥ずかしいんだが。


「ありがとう!」


 アナスタシアはニャべゾーくんストラップを受け取ると、それを大事そうに胸に押し当てて満面の笑みを浮かべた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【あとがき】

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