第17話 ニャベゾーくん

 とりあえず、俺はアナスタシアを背負って歩き出してみたものの、何処へ行くという当てがあるわけでもない。


 あぁ、これがガチで路頭に迷うっていうやつなのか。何はともあれ、今夜の寝る場所を確保しなければならない。


 そう言えば『あのにく!』のオズマも、最初の頃は金がなくて、豚小屋で寝泊まりしていたんだっけ。なら俺たちもそれを見習って……。いや、やっぱりリアルで豚小屋はないわ。


 ――って、アナスタシアが重いっ!


 こいつを背負って、まだ数百メートルしか歩いていないのに疲労感が半端ない。そこらへ放り出したくなったその時、背中がふっと軽くなった。


「アナスタシア!?」


 またいなくなったのかと思ったら、通りに面した店先に飾ってある大きい猫みたいなぬいぐるみに抱きついていた。


「おいおい、びっくりさせるなよ! 勝手にうろちょろするんじゃない!」


 慌ててアナスタシアの元へ駆け寄ってみたものの、一心不乱にそのぬいぐるみにしがみついていて、俺のことなど全く眼中にないといった様子だ。


「あぁ~可愛いでちゅねぇ~! このもふもふがたまらないでちゅねぇ~!」


 えっ、なぜに赤ちゃん言葉? こいつ、人格変わってないか?


「おい、アナスタシア。人の話を聞けって!」


 彼女の肩に手を伸ばそうとした瞬間――。


「ムフーッ! これ、買ってくれないか?」


 アナスタシアは、ぬいぐるみに抱きついたままくるっと振り向くと、目をキラッキラに輝かせて無邪気におねだりしてきた。


 さっきまでの、ゾンビのような雰囲気はどうしたんだよってぐらいに、ぬいぐるみに抱きつくアナスタシアのテンションはめちゃくちゃ高い。


 そのぬいぐるみは例えて言うなら、ヨンリオのキャラクターのような思いっきりデフォルメされた黒い猫で、首輪に付いた大きい鈴がトレードマークのようだ。


 まぁこういうのを可愛いって思うあたり、やっぱりアナスタシアも年頃の女の子ということなのか。


「買ってくれって、それって売り物じゃないんだろう?」


 そう思って、そのぬいぐるみをよく見てみると、てろっと値札らしきものが付いていた。


『ニャべゾーくん 2800フリン』


 どうやらこの大きな猫のぬいぐるみは、ニャベゾーくんという名前の売り物らしい。


「ニャベゾーくん、たっか!」


 2800フリンってことは、日本円にすると34万円くらいってことだよな?


 無理無理、絶対に無理! こんなのに34万円はないわ!


「ねぇ、買って……」


 アナスタシアは、俺の手を握りしめ上目づかいで訴えてきた。


 ドキッ!


 いかんいかん、不覚にもまたドキっとしてしまった。童貞男子が女の子からこんな風におねだりされたら、普通はコロッといっちゃうよね。


 アナスタシアもアナスタシアで、これを素でやっているとしたら相当な童貞殺しだぞ。


「こんなところで無駄使いしてる場合じゃない! それよりも、今夜寝る場所を確保しなくちゃなんだよ!」


 俺は心を鬼にしてアナスタシアの手を振り払った。


「え~、買ってよ~。ねぇ~、買って買ってぇ~」


 アナスタシアはまた俺の手を握ると、左右に大きく振りながらおねだりしてきた。


 何だかこういうシチュエーションって、デートみたいで憧れてはいたけれど、よりによって相手はこいつだし、おねだりしてる物も余りに高過ぎる。


「ダメったらダメだ! そもそも、ニャベゾーくんは高過ぎて買えないんだってば!」


「ちぇ、ケチ……。これくらいの物も買えないって、貴様は本当に甲斐性のない男だな」


 アナスタシアは握っていた手を離すと、ぷいっとそっぽを向いた。


 カッチーン!


「おい、クソアマ! お前の入市税、一体誰が払ってやったと思ってるんだ? 50フリン、後できっちり返してもらうからな!」


「ふんっ。とんだしみったれだな貴様は。そんなことでは女にモテないし、いつまで経っても童貞のままだぞ」


 あぁ、ついに言っちまったな、それを。ていうか、俺はまだこいつに童貞だなんて言ってないはずなんだが。


 ぶっとばしたい! 今すぐこいつの顔面を、思いっきり殴り倒してやりたい!


 ぐぬぬ……。


 拳を握りしめたその時――。


「ちょっと、お店の前で困ります! 訴えますよ?」


 声がした方へ振り向くと、ケモ耳に尻尾を付けた小柄の女の子が、こちらに鋭い視線を向けて立っていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【あとがき】

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