第12話 処女膜再生
「アナスタシア、まだ救国の英雄ってやつになれるかもしれないぞ」
そう。何たって、俺にはあの魔法があるんだからな。
「えっ、それは本当か? でも何度も言ったように、私はもう純潔では……」
アナスタシアはきゅっと唇を噛みしめた。
「それなら、また純潔になればいい!」
「!?」
アナスタシアの表情が一瞬ぱっと明るくなったが、すぐに怪訝そうな顔に変わった。まぁね、そういう反応になるのも無理はない。
「いいかアナスタシア、よく聞け。じつは俺には、全宇宙最強の禁断魔法というのがある」
「全宇宙最強の禁断魔法……だと!?」
「あぁ、その魔法の名は『リヴァージン』。そしてそれは、全宇宙の因果律をも覆し、喪失した処女膜を再生する。つまり、失った純潔を取り戻す魔法なんだ」
「………………」
「………………」
えっ? 何、この沈黙。我ながらちょっとドヤッた感じだったけど、もしかして俺、何かすべった??
「しょ、処女膜だと!? な、ななな、なんて破廉恥なことを! しかも、それを再生などできるわけがないだろう! やはり貴様は変態も変態、ド変態だ! 一瞬でも心を許した私が馬鹿だった!」
アナスタシアは俺を突き飛ばすと、再び剣を取り身構えた。
「もう救国の英雄になれないのなら、せめて貴様を斬って私も死ぬ!」
これまでのハチャメチャな言動とは打って変って、アナスタシアの目は座り、確実に俺を仕留めようという気迫が漂っている。
これはガチでヤバい!
命懸けで助けてやって、ちょっといい感じになったと思ったら、今度は殺されそうになるなんて、本当にどこまで面倒臭いんだよ!
「ちょ、ちょっと待て! 俺は本当に処女膜を再生できるんだってば!」
こんなことを言ってる自分がひどく情けない。
「問答無用!」
そう叫びながらアナスタシアは斬りかかってきた。ぶっちゃけ、彼女の剣の腕は素人そのもので、型も何もあったもんじゃない。ただ闇雲に剣を振り回しているだけなのだが、こういうのが返って危ない。
くそっ、こうなったらもう『リヴァージン』を使うしかない。だけど、魔法を発動させるには詠唱しなくちゃいけないんだよな。しかも、あのこっ
「くっ、逃げるな変態! 大人しく私に斬られろ!」
びゅん、びゅんと、剣が空気を切り裂く音が響く。
「おわっ!」
あ、あっぶねぇ。前髪をちょっと掠った。
ヤバい、早く魔法を唱えないと。って、あれ? 取説はどこいった??
確か、ギガセクスに腹パンされた時に手に持っていたはずだから、一緒にこっちへ飛ばされてきているはずなんだが。
「往生際の悪い男だな。いい加減、私に斬られるのだ!」
ダメだ、もう探している余裕はない。そう言えば確か取説に、魔法の詠唱は創作してもいいって書いてあったよな。それなら――。
「邪悪なる者に蹂躙され、聖なる花園に穿たれしその亀裂は、漆黒の闇よりも深き原罪と成れり。この敬虔で哀れなる
俺は思いつくまま適当な、そして、厨二病的なセリフを並べ立てて詠唱した。あぁ、こうして声に出すと、本当に死にたくなるほど恥ずかしい。
「何をごちゃごちゃと訳の分からないことを言っている! さっさと斬られて……!?」
そう言って、アナスタシアが剣を振りかぶった瞬間、彼女の身体がぼわっと青白く光った。相変わらず全宇宙最強という割にはしょぼいエフェクトだな。
「き、貴様、今何を・・・・・・、ん!? ああああああ……」
アナスタシアは振り上げた剣をぽろりと落とすと、その場にぺたんと座り込んだ。
そして、身体に何かしらの異変を感じるのか、俯いたまま小刻みに震えている。
ギガセクスに魔法をかけた時には、成功したのかどうかよく分からなかったけれど、果たして今回はどうなのか。
ゴクリ……。
アナスタシアは、恐る恐る自らの下半身へと手をやり、もぞもぞとまさぐりだした。
えっ? まさか、それって確認しているのか!? ていうか、そんなのでわかるものなの??
…………。
やがて何かに納得したのか、アナスタシアの顔がパッと明るくなった。
「おぉ、純潔に戻っている! これで私はまた救国の英雄になれるぞ!」
アナスタシアは勢いよく立ち上がると、天を仰いで力強く叫んだ。
「はいはい、それは良かったですね」
とりあえず、思いつきで創作した詠唱でも魔法が発動することが分かり、一応効果も確認することができた。
そんなわけで、さっさとこの場から立ち去って、この面倒臭い女の子とはおさらばするとしよう。こんな危ない奴といたら、命がいくつあっても足りやしない。
「そ、それじゃあ、俺はこのへんで……」
「待て!」
ぎくっ!
あぁ、やっぱりすんなり行かせてはくれないのかよ。
「貴様には礼を言わなければならないな! ありがとう!」
アナスタシアは俺の両手を勢いよく掴むと、激しく上下に振り礼を述べた。
ちょ、さっきまさぐった手だよね、それ。
「いえいえ、礼には及びません。それじゃあ、俺はこのへんで……」
アナスタシアの手を強引に引き離そうとするものの、こういう時だけなぜか馬鹿力で、全然引き離すことができない。そして、早く手を洗いたい……。
「さっき貴様のかけたあの魔法は、あれは一体何の魔法なのだ?」
こいつ……。魔法をかける前にちゃんと説明しただろう。それでお前はブチ切れて、剣を振り回したんじゃないか。
「いやぁ、あれは『リヴァージン』っていって、因果律をも覆す全宇宙最強の禁断魔法で、効果はその、処女膜を再生させる魔法なんだけど……」
あぁ、こんなこと恥ずかしいから何度も言わせないでくれよ。
「因果律を覆す? 全宇宙最強の禁断魔法? 貴様、頭は大丈夫か? その歳でまだ色々と拗らせているとは残念な奴だな」
アナスタシアは握っていた手をぱっと離すと、蔑むような目つきでそう言い放った。
「自分のことを救国の英雄とか言ってるお前に言われたくないわ!」
込み上げてくる怒りと恥ずかしさで、顔から火が出てきそうだ。
そしてその後、アナスタシアは致命的な一言で俺に
「それに、処女膜を再生とか……、キモっ!」
あぁ、死にたい……。
アナスタシア、今度はお前が俺を殺してくれないか。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【あとがき】
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