第10話 金髪碧眼の(痛い)女の子

「あの~……、だ、大丈夫、ですか?」


 俺は恐る恐る女の子に近づいてそっと声をかけてみた。着衣が乱れているため、視線が無意識に胸のあたりへ行ってしまうのはしょうがない。


 って、でかっ!


 豊満なその膨らみはG……いや、Hはあると見た。恐らく、俺の彼女だった由依ちゃんよりもでかいはずだ。


「……殺せ。……殺せ」


 女の子はハイライトの輝きを失ったいわゆるレ○プ目というやつで、仰向けのまま虚空を見つめぶつぶつと呟いていた。


「あの~、大丈夫……」


 再び声をかけたその瞬間、女の子がハッと我に返った。


「きゃあああああああああああ!」


 大きな叫び声を上げると、はだけた衣服を直しつつ後ずさった。碧い瞳は恐怖に怯え、両手を交差させて肩を押さえながらガタガタと震えている。


 女の子は俺に対して強い警戒心を抱いているようだ。そりゃ無理もないよな。あんな目に遭った直後だし。


「もう大丈夫ですよ。さっきの奴らは俺が追い払ったので」


 俺は努めて優しく話しかけ、女の子の方へ歩み寄ろうとすると――。


「近づくな! 汚らわしいっ!」


 女の子はそう叫ぶと、敵意をむき出しにした視線を俺に向けた。


 何でそんなに警戒するのだろう。俺もさっきの奴らの仲間だと思われているのか?


「こっちに来るな、変態っ!」


 えっ、変態!? それって俺のこと??


 女の子の目は強い敵意とともに軽蔑の色も含んでいる。


「えーっと、あの……。俺はさっきの奴らの仲間じゃないし、それにその……、変態でもないんだけど」


 そこはきっぱりと否定すべく、やや語気を強めた。


「黙れ! ならばその格好は一体何のつもりだ?」


 ん? 格好??


「――あっ!」


 さっきの戦闘でベルトを外したため、いつの間にかズボンが脱げて下半身がパンツだけという姿になっているじゃないか!


「あっ、こ、これはその……、さっきの連中を追い払うために、えーっと……。武器がなかったからその……、やむを得ずベルトを抜き取って武器にして、ぶつぶつ……」


 あぁ、きょどりつつ苦しい言い訳をしている自分が恥ずかしい。


 とりあえず、急いでズボンを穿いて身なりを整える。そして、辺りに散乱していた女の子の武具やら持ち物を拾い集めると、女の子のそばへそっと置いてやった。


「それじゃあ改めて、俺の名前は竜舞勝りゅうまいすぐる。それとハッキリ言っておくけど、俺は変態でもないしさっきの奴らの仲間でもない」


「ふんっ、そんなこと信じられるものか! その奇妙な格好は貴様もインヴィランドの兵士なのだろう!」


 そうか、俺のこの制服姿って、こっちの世界では奇妙な格好に見えるんだな。


 ていうか、インヴィランドの兵士って何だ?


「俺はそのインヴィランドとかいう兵士ではないし、そもそもここが何処なのかもわからない」


「ここが何処かわからないだと? 貴様、私のことを愚弄しているのか?」


 怪訝な表情をしていた女の子の顔がさっと怒りに変わった。


「ここは我が祖国にして全世界で最も偉大で神聖な国フリンス! そこへ貴様のように怪しく、しかも変態な者が足を踏み入れるなど言語道断だ!」


 あぁこいつ、まだ俺のことを変態だと思ってやがる。男に襲われているところを命懸けで助けてやったっていうのにさぁ……。


 もういいや。面倒臭いからこれ以上関わるのはやめておこう。


「そ、そうですか。それじゃあ俺はこのへんで……」


「ま、待て! 貴様に頼みがある」


 そそくさと退散しようとする俺を女の子が慌てて呼び止めた。


「はぁ? 頼みがあるだって? 助けたことへのお礼もなしに、しかも不審者&変態扱いしている俺なんかに、一体何の頼みごとがあるっていうんですかぁ?」


 俺は敢えて意地悪く答えてやった。


「うっ……。き、貴様のことは怪しい。だが、奴らを追い払ってくれたことにはその……礼を言う。あ、ありがとう……」


 俯いて照れ臭そうに言う女の子に、俺は不覚にもドキッとした。


 あぁ、そうか! これってもしかして、この異世界におけるヒロインとの最初の邂逅イベントっていうやつじゃないのか!?


 となると、今ここでこの女の子の頼みごとを聞いてあげれば、めでたくメインヒロインってことになるわけだな。


 まぁ金髪碧眼に巨乳なヒロインっていうのもコッテコテだけど、それはそれで王道って感じがして悪くはない。しかもツンデレっぽいときている。


 よし。それじゃあこの子の頼みっていうのを聞いてやろうじゃないの!


 その前に、まずは彼女が誰なのか聞かなければだ。


「人に頼みごとをするなら、まずは名前くらい名乗ったらどうなんだ?」


「…………」


 女の子は仕方ないといった感じで大きなため息をついた。


「私の名はアナスタシア。絶対崇高なる神に仕え、この身を捧げるエックス教の信徒。そして、偉大なる我が祖国フリンスへの忠誠を誓う者だ!」


 アナスタシアと名乗るその女の子は力強く、そして誇らしげに自己紹介するとさらに続けた。


「我がフリンスは、宿敵インヴィランドと千年にもわたる戦いを続け、今は劣勢に立たされている。そこで神の啓示を授かった私は、救国の英雄となるべく旅をしているのだ」


 えっ? 名前を聞いただけなのに得意げにあれこれ語り出しちゃったぞ、この子。


 しかも、自分のことを救国の英雄だとか言っちゃってるよ。これって絶対に面倒臭い奴だよね。


 やっぱり深く関わるのはやめておこう。


「そ、そうなんですか。大変ですね。それじゃあ、俺はこのへんで……」


「待て! 頼みがあると言っただろう!」


 アナスタシアはそう叫ぶと、近くに転がっていた自分の剣を支えにして、よろめきながらゆっくりと立ち上がった。


 そして、支えにしていた剣を俺の目の前に差し出して訴えた。


「頼む、殺してくれ……」


「は、はい?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【あとがき】

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