第二十四話

 メリッサをかどわかしてくるのはそんなに難しくはなかった。いや、我々でなかったら難しいだろうが、何しろこちらには皇太子殿下という切札があり、そしてそいつが主犯なのである。深く頭部が隠れるローブを着せて、皇太子の秘密の客人だ、と称したら簡単に外に連れ出すことができた。


 替え玉には、西の都で売られていた適当な魔人族の女奴隷を置いてきた。安いのを買っただけだからそんなに似てはいないが、背丈と髪の長さが同じくらいでちゃんと角が生えてるくらいの共通点がありゃ十分なのである。時間稼ぎに使っただけだし。ちなみに、その奴隷本人の身柄については、ことが露見した時点ですべての事実を本人から打ち明けさせて、元の奴隷商人のもとに戻してもらえるように手配済みである。


「まさかこんなことになるなんて。ほんの二日も前には夢にも思っていませんでした」


 冬の日差しだからそんなにすぐに日焼けはしないと思うが、太陽の下で見るメリッサの姿はだいぶ人間味を増していた。もう幽霊少女には見えない。ただの色白な十八歳である。


「とりあえず、今日からユーメリカの言葉を徹底的に教えますからね。覚悟してください」


 と、頼もしいことを言ってくれるのは通訳のピルカさん。向こうに置いてくる以外の選択肢は無いので、そうしてもらわざるを得ない。ちなみに航海に役立つような技能は何も持っていないわけなので肩書は『船客』ということにして、部屋は個室を使ってもらうことになっている。空いている部屋はあったわけなので。一人乗員が増えたくらいで航海計画に支障を来すような事情も、冷たさも方程式もありはしないし。


 さて、そういうことで、我々は十人になり、朝に出航して今そろそろ昼飯になるという時間だが、おおむね平和で特に問題はない。季節風はよく吹いており、当たり前だが帆にいきなり穴が空いたりもしない。航海は順調であり、これから飯である。


「皆さん、食事の支度ができたでやんすよ。食堂にお集まりください。この時間の見張りはとりあえず、あっしがいたしますんで」


 と、料理長ノヴァが言った。何しろ海の上なのだから二十四時間体制で交代制の見張りを立てる必要はあるが、それは当然みな織り込み済みのことである。


「ウマーい! このシチュー、ほんとに美味しいですー! リョウカは幸せです! 船の上でもこんな御馳走が食べられるなんて!」


 リョウカは元気いっぱいである。いちおう、主任務は帆の操作ではあるのだが戦闘員ということにもなっているから、元気であってもらわないと困る。まあ、誰と戦闘になる可能性があるのかと言えば、そんな可能性は現時点ではまったくゼロだが。西の都近辺にも海賊くらいはいるけど、こんな付近に島一つない外洋で活動しているわけはない。


「フェリクスさん」

「はい? なんでしょう、メリッサ様」

「良かったら、このお食事のあと、わたくしの部屋に来ていただけませんか? 少し、ご相談に乗っていただきたいことがあるのですが」

「はあ。別に構いませんが」


 わーお。元幽霊少女、意外とアプローチを仕掛けるのが早い。早いぞ。びっくりだね。


 で、数時間後。出航後最初の夕日が船から見てどっちの方向、そして何度の角度に沈むかを観測しなければならないという重要な任務があるので、僕はデッキに出ていたのだが、舵を握っているミネオラのそばにメリッサ嬢がいて、なんかすごく雰囲気が……なんと言いますか。まあ。その。


「ミネオラ。今夜は見張り番なのですよね」

「そうだね、ヴァレリア。だからかなり遅い時間になるけど、それからまた部屋に行っていいかな?」

「もちろんですわ。お待ちしております」


 ……。まあ、そういうことだ。もう名前呼びになってるんだよ、こいつら。隠す気の欠片もねえ。航海の初日からだっつーのに、隠す気の欠片もねえ。まあ、メリッサをミネオラの妻にして帝都に連れていくわけにいかなければ、逆にミネオラをメリッサと一緒にユーメリカに置いてくるわけにもいかないわけで、いずれにせよ片道、往路だけの間の儚い恋の関係に過ぎないのだから、大目に見ますけどさあ……。


「うう、メリー……良かったねえ……。ほんとーに、良かったねえ……連れてきた甲斐があった、うっうっ」


 リョウカはその夜、感動のあまり泣いていた。ちなみに実はメリッサの部屋は僕の部屋の真隣で、いまミネオラが来ているところで、壁に耳をくっつければ聞こえるかもしれない。声とか。そんなはしたなくてみっともないことはもちろんやりませんが。さて、僕は寝よう。


 あーあ。僕んとこにも誰か夜這いに来たりしないかな。主にこの船の船長とか、船長とか、船長とかが。

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