第十三話

 もちろん、わがシルヴェストリス家は大きな家なのでコックくらいは大勢いる。ちなみに医者もいる。宮殿じゃあるまいしふつう王侯貴族の家にも医者がいるということはないが、実は僕の曾祖父は医師なのである。というわけだから、船のコックを雇うに当たっては父と我が家の料理長シェフ、医者については曾祖父の人脈を当たってみることにした。まずは医者の方からである。


「おやおや、アリエル殿。きょうは拙老に何か、御用ですかな」

「ひいおじい様。これから外海を目指すことになって、その船に乗ってもらうための船医が必要なのですが」


 ひいじじ様は床についていた。何しろ、もう四百歳近いのである。よぼよぼ、と上体を起こし、ひいじじ様は言う。


「無念ですなあ。せめてあと五十年若ければ、拙老がその役目を務めることも叶ったのですが」


 曾祖父が今の年齢から五十年若くても三百何十歳である。ふつう、エルフったって百年生きれば大往生の部類なのだが。この曾祖父の尋常ならざる長寿には何か特殊な秘密でもあるのだろうか。


「ひいおじい様のお知り合いで、そういうことに興味を持ちそうな医者の方の心当たりはありませんか?」

「そうですな……では、この者に会いに行くとよろしいでしょう。もちろん、拙老からの紹介だ、と伝えてくだすって構いませんよ」


 と、言ってひいじじ様はベッドサイドのペンを取り、何かメモを書いて渡してくれた。住所と名前が書いてある。住所は帝都の中。名は、エレクタム・オトギリ・ハイペリカムとある。


「ありがとうございます」


 さっそく、リョウカを連れてオトギリという人物に会いに行った。医者なので、Dr.オトギリである。開業医ではなく、帝都で一番大きな病院に勤務しているらしい。メモには性別や種族は書かれていなかったのだが、会ってみたら驚いた。天人エンジェル族の女性だった。天人の年は分かりにくいが、少なくとも明らかに若くはない。天人はこの大陸の主要十六種族の中でも数が少ない部類で、帝都でもあまり見かけるようなことはない。背中に白い翼があるのだが、空を飛ぶ能力は持っていない。天人の男性を天使、女性を天女と言う場合もある。


「そうですか。教授が自分を紹介してくださったのですか。ならば、一も二もありませんね。ご協力させていただきます」


 教授、というのはひいじじ様の古い呼ばれ方である。


「それはありがとうございます。助かります。ただ、一つお聞きしてもよろしいですか。マルス・ドメスティカ・シルヴェストリスは僕の曾祖父なのですが、どのようなご関係なのですか?」

「自分は教授の教え子の一人です。かつては本当に、お世話になりました。昔のことではありますが」

「Dr.オトギリは、ご家族は?」

「天使の夫と、子供たちがおりますが。子供たちは三人とも既に自立しておりますから、気兼ねするようなことはありません」

「なるほど。では、これからよろしくお願いしますね」


 というわけで、船医の方は話がついた。次はコックである。


「父様。誰かよさそうなコック、うちにいる?」


 父はこの家ではいちおう、パティシエ長みたいな立場にある。料理長は別にいるが、もちろん料理人たちの間にも顔は効く。


「そうだな。ノヴァのやつがいいんじゃないかな。ノヴァ・シロヤナギ。この家に来てまだ日が浅いから見習いではあるが、腕は確かだ」


 料理長にも同じ質問をしてみる。


「ノヴァですね。正直に言わせてもらえば、あいつは天才ですよ。本来なら余所に出したくはありませんが、お嬢の頼みとあっちゃあ断ることはできませんし」


 というわけで本人に会ってみる。自宅のことなので、僕の部屋に呼び出した。種族はハーフリングで、若い男性である。ハーフリングは小柄な種族だが、ノヴァはそれにしては比較的背が高かった。


「チユキお嬢様、あっしに御用の向きというのは何でございましょうか」

「僕が今造ってる船のことは知ってる?」

「そりゃもちろん。外海を目指すそうですね」

「それに乗ってほしい。料理人は君一人になるけど、いちおう肩書きとしてはシェフになる。もちろん報酬の方はうんと弾む」

「……一週間。考えさせていただけませんか。お返事は一週間後に」

「それで構わないよ」


 どうせ船はまだ当分出来上がらないので、一週間が二週間でもたいした問題ではなかった。で、一週間後。


「郷里の父に手紙で連絡をとりやした。征ってこい、と。というわけで、お申し出、受けさせていただきたく思います」

「ありがとう。よろしく頼む」


 というわけで、船に乗り込むメンバーは決まった。

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