第四章

第十二話

 冒険航海の問題について皇帝の態度が煮え切らないので、僕はからめ手から動くことにした。この国では皇帝の言うことはそのままそれが法でありそして裁定となるが、この広大な大陸の統治に関するありとあらゆることを何でもかんでも皇帝が一人で決めるという具合にはいかないわけで、いちおう法律というものもあれば裁判所だってちゃんとある。法務大臣、という役職の人もいる。現在の法務大臣はムーンルージュ・ブラムリー・グラニースミス閣下。通称、ブラムリー大臣。むかし史局に勤めていて法技官という地位に置かれていた時期があり、当時母と同僚だったらしい。実は母が史局員になったばかりの頃、数回デートをしたことがあるんだという話を娘の僕は知っている。このことは父ですらも知らないのだが。


 っていや、そんなことはどうでもいいんだった。今は宮殿でブラムリー大臣にお目にかかっているところだが、何の用ってとりあえず僕が今建造を依頼している船に予算を付けてもらわなければならない。最悪の場合は僕が個人的に工面できる資金だけでも造船費用だけならまかなえないこともないから既に作業は始めてもらっているが、もちろんそれだけではこんな大規模プロジェクトは動きはしない。国家によるバックアップが必要である。船長をやる予定なのは皇子様なのだし。


「いやしかし、あの純情レティの娘が、こんなやんちゃ者に育つなんてね。世の中分からないものだよ」


 僕のことはともかく、あの母を捕まえて純情レティなんぞと抜かすのは大陸広しと言えどもおそらくはこの人物だけであろう。さすがは元カレ(?)である。


「ま、いちおう財務大臣の方にもはかることにはなるが。しかし予算の執行は可能だろうと思う。そこは安心してくれたまえ」

「はい! ありがとうございます」

「船を造るための予算が執行されたからってその船が嵐に遭っても沈まなくなるわけではないがね。そのへんは悪しからず頼むよ」

「はい。ええまあ」


 法務大臣などやっている割には、ノリの軽い人である。ちなみに、娘としてのカンで言うのだが、この人物、ほんの少しだけ、タイプというか顔の系統というか、父に似たところがある。年も父と同じく母よりはかなり上だし、平たく言えば、母の好みのタイプなのだろうな、こういうのが。僕にはイケオジ趣味はないが。


 さて、用は済んだので退出する。ちなみに造船の方はいまどういう具合かというと、とりあえず例の神木の伐採は終わるには終わったが、木材というものは生木を切り倒してすぐにそれを何かに使えるという具合にはいかない。それをやると、あとで木から水分が抜けるときに歪んだりなんだりしてしまうので、木材が乾燥するのを待たなければならないのである。竜骨に使う木は比較的乾燥しやすい、性質のいい種類の木ではあるのだが、それにしたって一週間とか二週間とかでどうにかなるという話ではなかった。いちおう、竣工は約半年後と予定されていた。船名は既に決まっていて、マラ・エト・アウランティア号。通称、ラウラ号である。


 さらに次に問題になるのは、そのラウラ号には誰が乗るのか、ということなわけだが。船長はミハイル。第一航海士、マシュア・ソラナム。第二航海士に僕。操舵手がミネオラ。水夫兼戦闘員としてリョウカ。船大工にポイアス(アルゴナウタイ氏のこと)。ピルカさんは通訳をしてくれることになった。ガレー船ではなく帆船なので、そんなに大人数は要らないが、それでもあと二つ、どうしても埋めたい席があった。船医とコックである。いないと困る。さて、どこで調達したものか。医者や料理人なら誰でもいい、というわけにはいかないのだが。

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