第六章

第二十一話



 いつぞや局長が言っていた‟おっての沙汰”というのがやっと書面でわたしのもとに届き、わたしは正式に帝国史局局長代理に就任した。名前に代理と付きはするが、法的には局長と局長代理は何も変わらない。局長印を行使できるし、人事権もあるし、史局の管理下のものなら国家機密の情報もアクセスし放題。誰かに局長特命を下すことも当然できる。というか、これは就任初日にさっそくやった。わたしは法技官を局長室に呼んで、こう言った。


「局長特命である。今からわたしが話す内容は他言無用の事」

「……君が握ったばかりの権力をいきなりそんな風に振り回すタイプだとは思ってなかったな」

「黙って」


 実はね。


 わたしこのひととお付き合いしていた時期があるのよね。


 いや、三回ばかりいっしょに食事に行ったってだけで、あとはプラトニックで、何にも起こりはしなかったんだけどね。


 このことはルービィにすら教えてない。局長は知ってるのかもしれないが、いや今はそんなことはどうでもいい、大事な話があるのだった。


「あなたの知識を借りたい。……皇帝が、奴隷身分の女と肉体関係を持った場合において発生する、諸々の法律上の権利関係とかそういったことについて」

「成程」


 口頭で済むような話ではないわけで、レポートを作って提出するよう命じた。それと、局長からの‟おっての沙汰”の中には何だか意味深なメモ書きの伝言もあった。


「いざというときは教授を頼れ。詳しくは彼についての機密ファイルがあるから参照せよ」


 その機密ファイルとやらにはまだ目を通していない。局長代理の地位は忙しい。日々は目まぐるしく過ぎてゆき、しかしルービィの月のものは結局来なかった。このことは正真正銘の国家機密事項なわけだがさすがに皇帝本人には極秘裏に伝えた。するとうちに小さな箱が届き、開けてみたら甜橙がひとつ入ってた。それを渡してやったときのルービィの幸せそうな顔といったらなかった。


「レティ様。あたし幸せです。産みたいです。それがどれほど罪深い我が儘であるとしても。たとえ誰かに殺されるかもしれないとしても……あたしは、あたしのためにあのひとの赤ちゃんを守ります」

「あのひと」

「はい。あたしの大好きなあのひとです」

「御馳走様」

「てへ」


 あーあ。やってられねーや、羨ましい。こちとらはろくに寝る暇もないというのに。弁当代わりに持ってきたクロノのアップルパイを齧りながら、わたしは局長しかアクセスすることを許されない史局の機密ファイルをやっつけにかかる。しかしすごい量があった。全部まともに読んでたらそれだけで丸三ヶ月が吹っ飛んでしまう。どれから目を通すべきか。まあ、教授のからにするか。


 その分だけでも分厚いファイルだった。いろんなことが書いてある。わたしも知らなかった本名のフルネームとか、誕生年と誕生日とか。実年齢が……今年で、三百七十二歳。エルフといえどもここまでの長寿を保つ例は滅多にあるものではない。存命の親族……娘さんがひとりだけいるらしい。彼の隠し子なのだそうだが、やるなあおじいちゃん、いくつの時に作ったんだよ……ふむふむ……


 ……えっ?


 年齢はあえて伏せる。名前が問題だった。ユリア。ユリア・グランディフロラ。キトルスという家に嫁に行った、とある。つまり。


 母だった。

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