第二十二話
わたしはいったん席を立ち、貴族名鑑を取ってきて、さきほどの機密ファイルと並べて読み比べ始めた。
わが国において貴族というものは公の存在なので、当主は誰で、その子は何人いて、それぞれ何年の生まれで母親は誰それ、といったレベルの情報はすべて公表されている。貴族名鑑は市井の書店でも売られているから、それを買ってきて読めば一庶民でもキトルス家の長女イリス・レティクラタの誕生日はいつであるかというくらいのことは調べられる。
それらの情報を集約し、一元的に管理する部署は宮殿の一角にある。それがここ、史局である。
市販の貴族名鑑に書かれていることの全てが全部本当に歴史的な真実であるかどうかはさておくとしても、史局に対して嘘の報告をし、それが発覚すれば貴族の当主でも重い罰を受けることになる。自分が女奴隷に手を出して子を生ませたという程度の話を隠すために史局を出し抜こうとするやつはふつうはいない。我々は甘くない。
だが貴族名鑑を手繰って母の実家に関する情報を念のため確認してみたところ、ユリア・グランディフロラが実は養子だった、という事実は載っていなかった。彼女の戸籍上の父母、つまりわたしが母方の祖父と祖母だと認識していた人物は二人とも物故している。
ユリアがどういう事情でその家に養子に出されたのか、なんていう情報までは機密ファイルの方にも載ってない。史局じゅうの資料をひっくり返せばどこかに手がかりはあるかもしれないが……当事者に直接聞いた方が早い。今日は史局に教授の姿はない。実はルービィのために、内密にわたしの家に来てもらっているのだった。わたしの知っているいちばん信頼の置ける医者は彼であるので。今すぐ向かえば捕まえられるだろう。
「あれ? おかえりなさい。レティ様、今日はお早かったですね」
「ただいま。教授は?」
「居間におられます。診察はさっき終わったので、いまからお茶をお出しするところですが」
「わたしの分もお願い」
「はーい」
皇帝陛下の御種を宿した身重の女にお茶汲みなどやらせていいのかという疑念はわたしの脳裏にも一応あるのだが、当の本人がわたしのために働きたがるもので……。
「経過は順調でございますよ」
教授とは既に事情を共有している。わたしの味方は少しずつ数を増やしつつある。
「それは重畳。しかし、実は別件があるのですが」
「なんですかな」
「……えーと。おじいさま、とお呼びしても?」
ふぉっふぉっふぉ、と白いおひげを揺らして教授は笑う。
「やっとあれにお目を通されましたか」
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