第十九話

 やっと帰路に着くことができた。行きに乗ってきたのと同じフェリクスの馬車に、きょうはルービィとわたしだけ。局長のためには、公邸からちゃんとしたお迎えが来ていた。成り行きからいってわたしか局長のせめてどちらかはフェリクスのところに顔を出さないといけないくらいの義理はあるわけだが、それをわたしが引き受けたかたちになる。


 もう安全だった。フェリクス家の御者は信頼していいだろうし。やっとこのタイミングが来た。


「ルービィ。ミカ君のことなんだけど」

「ほえ?」

「いろいろ聞きたいことがある。わたしから話さないといけないこともある」

「なんですか、あたしに惚気話をさせる気ですか。お子ちゃまにはちょっと刺激が強いですが」

「ぶつわよ」

「てへ。何から説明しましょうか」

「彼のことを今どれくらい好き?」

「ふふん。歴代ボーイフレンドの中で第一位です」


 本気で得意げだ。


「彼は優しかった?」

「はい。とっても。具体的に言うとですね――」


 いろいろ聞かされたがわたしの口からは述べない。あのエロ小僧め。


「……それで」


 ルービィの表情に深い憂いの色が浮かぶ。わたしも初めて見る。


「もちろんルービィにだって分かっております。……もう、会えないのですよね。きっと、二度と」

「どうしてそう思う?」

「奴隷同士の恋なんて、そんなものですから」


 それは色んな意味で深刻な誤解なのだが、まあそう思うのが当然ではあった。事態は最初から、この子の理解や想像の及ぶ次元にない。


「ミカ君のくれた形見を見せて」

「えっ。……とくべつですよ? とっちゃイヤですからね?」

「うん。とらない。それはあなただけのものよ」


 わたしは確認する。シンプルな意匠の小さな判子。一見しただけなら奴隷が持っていたとしてもおかしくはないようなものにも見えるが、実際には非常に高価な品で……それより何より。奴隷に分かるわけはないが、その印影は帝室だけが使用を許される形式のものだった。こんなものを偽造したらわたしの立場でも命に関わる。宮内庁らしいやり口だ。洗練されている。


 ここから、ルービィにこの形見の持つ真の意味を理解させるのが本当に大変だった。最初は笑われ、からかうなと怒られ……馬鹿にしないでと言って泣かれた。なんでわたしがこんな思いをせねばならんのか。全部あのバカ皇子のせいである。ちなみに、実はわたしはあの子がまだ幼かった頃から知っている。無論その頃にはまだ皇帝ではなかったが。


「ミカ君が……この国の、皇帝、陛下……」


 この言葉が引き出せたときには日が暮れていた。そろそろ帝都に到着する。


「うーん」


 ルービィは馬車の中で崩れ落ちた。触ってみたが本当に失神していた。

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