第十八話

 長い夜はまだ続いている。わたしは執事長から皇帝の滞在している客間を聞き出して、そこに向かう。ルービィは部屋に置いてきた。わたし一人。


 戸を叩く。もちろん皇帝本人がいきなり出てきたりはしない。秘書官らしき人物に向かって、わたしはこう口にする。


「史局局長代理レティクラタが‟悪い子猫ちゃん”の件でお目通りを願っていると、陛下にお伝えください」


 変な目で見られたが、局長代理の名を出せばここは通せる。史局局長の上に位置する存在は、この国でも皇帝と宰相しかいない。公的な用向きで来たわけではないから、ほとんど禁じ手だが。二度はやれない。


 入れてもらえた。人払いは既に済んでいた。


「ガーネットはお前の身内なのか?」


 ルービィはミカ君に偽名を名乗っていたらしい。知らぬとはいえ何と恐ろしいことを……。


「あの者は正しくはルービィと言いまして、キトルス家とは無関係な、わたしが個人的に私有する女奴隷です」

「そうか」

「あの子ともう一度会うつもりはおありですか?」

「余の素性を明らかにできる印を既に与えてある。最初の夜にだ」

「そうですか……」


 わたしは心中に深く安堵する。ルービィはかなり深いお情けを得ていた。もちろん、印というのが甜橙のことであるはずはない。それが何なのかは本人に糺すべきことだった。奴隷にも秘密を持つ権利はあるが、事と次第というのがある。


 実はこれ以上の用向きはないし、いまのわたしの立場で奏じられるようなこともない。わたしはもうちょっと経てば皇后の実の姉という立場にもなるわけだが、そっちはもうラクテアの問題なので、わたしが口を出せる筋合いではなかった。


 ただ。それでも。どうしても。一言だけ言ってやらずにいられなかった。


「あの奴隷の身に万一のことがありましたら、キトルスの毒蛇が剣を帯びて参上仕ります。陛下におかれましてはお覚悟のほどを」

「委細承知した」

「申し上げるべきことは以上です」

「うむ。退出を許す」


 このバカ皇子! ボンボン! チンポコ頭!


「あ、レティ様おかえりなさい。もうこんな時間ですよ。そろそろ寝ませんか?」

「ん。そうしましょうか」


 今夜中に済ませないといけない用事については全部終わった。わたしは朝までぐっすり寝た。夢も見ない。ぐう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る