第八話
小さくても店を開く以上は人手が要るわけで、自分の奴隷を買ってはどうかとわたしは勧めたのだがかれはそうしなかった。これはわたしの希望でルービィに手伝いをさせることになったのだが、それにしてもせめてもう一人か二人くらいは必要である。結局手配師を頼むことになった。
手配師というのは、自身の所有する奴隷を他人に貸してその労働分の対価を受け取り収益源とする商売のこと。奴隷商人とは似て非なる存在である。わたしの伝手でわたしの知っている手配師を紹介した。名をフェリクスと言う解放奴隷で、解放奴隷になる前はわたしの実家で使用人をしていた男だ。つまり局長とも繋がりがあり、とりもなおさず史局の息がかかっているということなのだがその事実まではクロノには伝えていない。金勘定が生き甲斐の吝嗇家というタイプで、好ましい人物であるかといえばそれは微妙だが手配師としては信頼できる。
解放奴隷とはどういうものか、とクロノに尋ねられたのでわたしは説明した。
「法的には、解放奴隷は自由市民と等しい存在です。大きく分けて三通りの解放奴隷がいます。まず、奴隷自身が自ら金を貯めて解放されることを望む場合、まず主人に対して自分自身の代価を払い、次に自由市民の身分を買うための一定の納入金を国庫に納めます。フェリクスはこの手段で解放奴隷になりました」
法的地位が同じだからといって社会的位置付けが等しいわけではないのだが、まあそのあたりの機微はかなり難しい。
「次に、主人が何らかの理由から自らの所有する奴隷を解放奴隷にする場合。この場合は、主人が一定の納入金を国庫に納めます。手続き上はそれだけで事足ります」
このタイプの解放奴隷には本当にいろんなパターンがあるのだが、実はどうしても厄介払いしたい奴隷を手放すために主人が唯一取りうる法的手段がこれだったりもする。罪のない奴隷を奴隷身分のまま放逐することは国法で禁じられている。
「第三に、自由市民や貴族が他人の所有する奴隷を解放させたいと望んだ場合。まず、奴隷の対価を支払う用意をした上で所有者に交渉を持ちかける必要があります。所有者は、理由の如何に関わらずこれを拒絶することも受諾することもできます」
これはどういうことかというと、実は奴隷自身が自分の金で主人に解放を持ちかける場合には主人の側には拒否権が認められないのである。しかし金を出すのが他の市民や貴族である場合には、主人はそれを拒否できる。歴史的には、皇帝がそれを要求した場合であっても所有者は奴隷の売却を拒否しうるという判例まであった。
「主人が奴隷を手放すことに応じた場合、請求者は所有者に奴隷の対価を払い、国庫に納入金を納めます。これで解放が成立します」
このタイプの解放で一番多いのは、俗に言うデキ婚である。独身の男が他人の女奴隷と関係を持って妊娠させた場合に、解放奴隷にして妻に迎えるというやつ。奴隷には法律婚の権利がないので。男が既婚者であった場合には話がさらに複雑になるのだが、これ以上は社会常識を通り越して法学の問題になっていくので説明もこのへんにしておく。
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