第四話
史局という機関は子供の遊び場ではないので、わたしが突然クロノを連れて出勤したからといって「それは誰だ」などと間の抜けた質問をする奴はいない。ここに席を持っているような者は皆かれが未分類の種族であることを一目で理解するし、皆の緊張の面持ちの中口火を切った局長は真剣な顔で一言こう言った。
「渡来者か?」
渡来者とはこの大陸の外から、海を渡ってやってきた者を指す学術用語である。もっとも、本物の渡来者に関する記録はこの史局にすらほとんどないし、わたしが入局した後の話となると渡来者を騙る紛い物が現れたという例すらもなかった。
わたしは局長にクロノが持っていた紙片と、描いた地図と、それからそのまま持ってきた例のポムの実を示して手短に事の次第を報告する。
「おそらく、これは貨幣の一種だろうな。訊いてみろ」
局長は史局全体の長官だが、同時に考古学者でもある。鑑定眼においてその右に出る者はない。わたしは銀貨を一枚出し、クロノに示して、紙片の横に並べる。身振りと手振り。クロノは頷いて、誰かが持ってきた筆記具を使って絵を描いた。ポムの実のようなものが二十個並んでいる。おそらく、この紙片の持つ購買力を示したのだろう。
と、そこに脇から、法技官が口を挟んだ。
「局長、押印を願います。大至急で造りました、その者のための身分手形です。国際法上、その者は皇帝の名のもと渡来者として扱われ、つまり我が国の自由市民と等しい通行権、並びに自己決定権が与えられなければなりません」
「うむ」
という次第なのだが、だからといって後はご自由にと外に放り出すわけにもいかないし、結局わたしがそのまま身元を預かることになる。
「局長特命だ。その者と起居を共にし、その言語を習得しろ。何年要る?」
んー、とわたしは考える。
「半年あれば十分かと」
「一年かけろ。お前以上の多言語解析者はこの世にいないだろうが、連日徹夜をする前提で予定を組むな。文明人らしい食生活をしろ。というか、いい加減使用人を家に置きなさい。この際丁度いい機会だし」
「母さん」
「ここでそう呼ぶなと言っているでしょう」
「だったら職務命令にお小言を混ぜないで」
クロノ以外のこの場の全員が、またいつものが始まったとばかりに離れていく。教授を頭に据えたこの問題のための研究班が発足して、みんな忙しくなるからでもあるが。クロノだけは目を白黒させている。というか、局長とわたしがほとんど瓜二つであることは一目見ればかれにも分かるわけで、そりゃ混乱するだろう。といって身振り手振りで説明できるような話でもなければ、多分説明したとしても余計混乱が深まるだろうから、放っておくけれども。
さて、局長との話は終わった。任務はこれから開始だが、ここで席を温めるのが仕事ではない。
「クロノ、帰るよ」
わたしはその手を引いて歩き出す。
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