第9話 可哀そうだけど自業自得だった

「そういうことを何で兄ちゃん言ってくれんのや……」


 店として使われてる部屋の奥の部屋に場所を移して、上裸の男はうなだれている。


 鳴とその兄が言い合っている間に、環流は波未から兄妹のことと四字熟語Tシャツ事件について聞いていた。Tシャツのほうは、もう隠すのは無理だと判断したらしく、観念して話してくれた。


 上裸の男の名前は、雪見ゆきみ けいというらしい。


 景のほうが一年早く生まれたが、波未がいうには立場としては真逆で、景は鳴の言うことには逆らえないのだそうだ。


「だーかーらー。ダサいしいらないし、ダサいし場所とって邪魔だし、ダサいしどうせあんたいっつも上裸なんだから、別にいいだろ!?」

「男のコレクター魂が分からんやつや……。あとダサくないやい」

「んなもん分かりたくもない」


(まあ、立場に関しては見ただけで分かるが……)


 環流には責任はないが、しかし発端になってしまったのは間違いないので無視もできないこの事件についてはこういう経緯らしい。


 ~~~


 まず、波未が環流の衣服がないことを不便だろうと思ったところから始まる。


 一気に全身を揃えるのは、買うとなると流石にバイトをしている波未でも心許なかった。

 なのでとりあえず、プレゼントとして下を買うことに決めた。


 なぜ女性でも買いやすい上の服ではなく、下だったのかというと一つ心当たりがあったのだ。


 波未はこのアイス屋でバイトをしているので、当然掃除などもしていたのだが、あまりにもやることがないために雪見家の生活領域の掃除も頼まれていた。


 滞りなく掃除を終えたある日のことである。いつも鍵が閉まっている部屋が、なぜかその日は開いていたのだ。


 気になって恐る恐る部屋を覗いてみた波未は、そこで戦慄した。


 食い散らかったカップ麺の容器の山々。店のものと思われるペットボトルや空き缶の数々。

 そのゴミ箱同然の惨状である部屋を見てしまったが最後。世話焼きな波未が、じっとしているわけがなかった。


 戦闘、もとい掃除に取り掛かる波未。その能力は最大限にまで発揮され、鳴からは豚小屋とまで呼ばれてらしい部屋がものの二時間ほどで見違えるほど綺麗になった。


 しかし、波未は掃除をしている最中に一つ気になることがあった。


 掃除の後、波未はなぜだか明らかに汚れていなかったその巨大な箱を調べてみる。

 今度はなにが出てくるのだと、身構えながらゆっくりと扉を開くと。


 姿を現したのは、件の大量のTシャツだったのだ。


 波未はそのとき店にいた鳴に聞いてみた。これは何かと。


 景が上裸人間だということは、何度か出くわしたことがあるから知っていた。故に、なぜ景の部屋にこんなものがあるのかと疑問に思ったのだ。


 その疑問に対する、鳴の答えはこうだった。


「なんだろなー。よく分からんし、ダサいし邪魔になりそうだから捨てとくわー。そこらへん置いといてー」


 当然、波未もよく分からないので、


「はーい」


 と返すのだが。


 三日後である。服も家も記憶すらも持ち合わせていない環流に出会ったのは。


 ~~~


 ここからの流れは単純である。


 そういえば変なTシャツを掃除したときに見つけたと思い出したらしい波未は、まだ捨てられてないかと環流と出会った翌日に鳴に聞きに来たのだ。


 そしたら丁度捨てるとこだったらしく、事情を話して譲ってほしいと言えば、どうぞどうぞと躊躇いもなく渡してもらえたのだとか。


 そのあとは無事に環流の手に渡り、今に至る。


 ちなみに、景がTシャツの失踪に気づいたのは今朝のことらしい。

 それもあって、環流と景が初めて出くわしたときのTシャツに対する景の剣幕を見て、それがそんなにも大それたもの(景にとっては)だと知った波未は、ついはぐらかしてしまったのだという。




 しかし、それはそれとしてこの兄妹喧嘩はいつ終わるのだろうかと環流は苦笑いをする。いや、喧嘩というにはあまりにも一方的なのだが。


「うじうじうるさいな! ちゃんと掃除してないあんたが悪いんだろ!? そんなしょーもないこと言ってないで、波未に例の一つでも言ったら!?」


 小柄な見た目とは裏腹の鳴の威圧感は、出会ったばかりの環流にもひしひしと伝わってきていた。

 コレクションを失って、さらに攻撃されている景はもう「くぅーん……」と怯えた犬のようになってしまっている。


 流石にいたたまれなく思った環流は、


「そんな大事なものだとは知らなかったんだ。ちゃんと返すから、な?」

「くぅん……?」


 救いの手を差し伸べられたかのような表情をする景。

 だが、依然態度を変えない鳴は、


「返さなくていい。着るもんないんだろ? だったら素直にもらっておけ」

「でも流石に可哀そうだぞ……」

「まーあんたがそういうのも分からなくもない。傍から見れば、鳴がこの変態の大切なものを取り上げて譲り渡した挙句、理不尽に怒られてるだけに見えるだろうからな」

「見えるだろうってことは違うのか?」

「違いはしないが、あんたは一つ知らないことがある」

「知らないこと?」

「ああ」


 うなずく鳴は、一拍置いて、


「──この変態は、店の金をくすねてそのTシャツを買っていたんだ」


 なんとも自業自得な理由だった。ただただ救いようがない。

 環流は苦笑いをせざるを得なかった。


「というか、こいつの金の出どころは全部店だ。箱買いしてあったカップ麺も、積み重ねられた漫画も、お前に譲ったわけわからんTシャツも全部だ。それでも可哀そうか?」


 どこから持ってきたのか、ハリセンで四つん這いをさせられている景の尻をバシバシと叩く鳴。


「いいえ、まったく」

「だろ? それに加えてこいつは店の金は使うものの、働くことは一切ないからな。波未も気にするなよ? 掃除を頼んだのは鳴だし、部屋主も助かったみたいだからな。だよな? 駄犬」

「ワン」


 もはや本当に躾を受ける犬である。

 その様子に環流と同じように苦笑いをする波未は、


「あたしはバイトだし、言われた通りにやっただけなんだけどね……。景の部屋が凄いことになってて、鳴に相談したら思う増分やってくれって。Tシャツはどうすればいいか分かんなかったから鳴に聞いちゃった。ごめんね、景」


 雪見家の飼い犬と化した景に波未は手を差し伸べる。

 その手を受け取った景は、安っぽい涙を浮かべながら、


「やっぱ俺のことを分かってくれるのは波未だけや……」

「いや、分かってはないけどね」


 波未はキッパリと言い捨てた。なんとも不憫な犬である。


「というわけでそのTシャツはくれてやる。店の金を管理してるのは鳴だ。だから店の金で買われたそのTシャツをどうするかは鳴が決められるからな」

「まあ、そういうことなら」


 小柄な体の鳴は、景の背中に腰掛けながら言った。

 景には申し訳ないが、環流はとりあえずこのままもらっておくことにした。


「なんか見てるだけっていうのもいたたまれないし、そろそろいい時間だから帰ろっか」

「そうだな……」


 波未がそう切り出したので、環流は苦笑いしながら同意する。

 確かに外は日が落ち始めている頃合いだった。


 そうして二人は、強烈な兄妹を背に向けて店をあとにする。

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