第6話 プレゼントの嬉しさを思い出した
「ちょっとこれ着てみてよ」
またもや昼食をごちそうになってしまった後の、昼下がり頃。
何やら波未が大きな紙袋から何着か服を取り出してみせた。それも男物の。
「なんだ? これは」
「シャツだけど?」
「それは分かるが……」
波未が畳の上に広げだしたそのシャツたちは、各々様々な単色で染められていて、この真夏に相応しい爽やかな白いものもあれば、人肌に同化してしまいそうな肌色のものもある。
他にも、赤や緑など本当に様々な色のシャツが並べられていた。
それは全然良かったのだが、一つ気になることが。
「臥薪嘗胆、天衣無縫……」
一枚一枚のシャツの中心に、嫌でも目に入るような大きさで四字熟語がプリントされていたのだ。
たくさんの四字熟語が部屋に並べられた様子は、あまりにも異様である。
「このいっぱい鬼が書かれてるのは?」
波未は橙色のシャツを指さして、尋ねた。
「それは
「へー」
聞いておいてあまり興味のなさそうな反応をする波未。
他の四字熟語も読めていないことから察するに、勉学は苦手なのかもしれない。何でもそつなくこなせそうなイメージだったので、人は見かけによらないもんだなと思う。
それにしても読めなかったとはいえ、きにょうのことを鬼がいっぱいなどと表現するのは如何なものだろうか。
いや、言わんとしていることは分かるのだけれども。
「それで、このシャツどうしたんだ? 買ってきてくれたのか?」
予想が正しければ、波未が出かけていたのは環流の為の服を買いに行ってくれていたのだと思う。
出会ったばかりの環流にしてくれたことを考えれば、自然とそういう考えに行きついた。
買ってきてくれたのだとしたら、波未のセンスを疑わざるを得ないが。
だが、波未は小さく首を振り、
「貰ったの」
「貰った?」
「そ。とある変態にね」
「? いまいち伝わらん」
どうやら予想は当たらなかったらしい。
しかし、変態に貰ったというのは一体どういうことなのか。
言葉通りに捉えれば、変態からシャツを譲り受けたということに他ならないのだが、環流はこの島のことをよく知らないので想像がつかなかった。
思えば環流のことを変態だと言っていたこともあったが、そもそもこのシャツたちは環流が所持していたものではないのでその線はない。
変態と呼ばれるような人? から譲り受けたシャツを着るとなると幾分か抵抗があったので、苦言を呈そうとすると、
「ま、いいから着てみなって」
波未が適当に拾ったシャツを「はい」と手渡されてしまい、これはもう着ざるを得ない雰囲気になってしまった。
手渡された白いシャツを広げてみると、書かれていたのは「
(これはまた……)
小さいことは気にするなという神様の思し召しということだろうか……。
神様の言うことならば仕方ないと、波未に借りた体操着を脱ぐ。
出会った時もそうだったが、上裸の環流のを見ても波未は大した反応を見せない。
環流の体が人様に晒せるほど出来上がっていないというのもあるかもしれないが、かといってぶよぶよのだらしのない体でもない。
女性なら、「なに脱いでんの!?」と頬を赤らめて手で両目を隠したりしそうなものだが、これは偏った思想なのだろうか。
そんな違和感を覚えながらも環流は、渡された神様からのメッセージつきのシャツに袖を通してみる。
サイズはちょっと大きいかなと思うくらいで、それはそれでゆったりとしているので環流としては十分だった。
「おっきめだけど、いい感じだね」
波未の感想も環流と同じだった。
着た際にねじれてしまったのか、波未がシャツの裾を伸ばしてくれる。
やっぱり、こういう気の使いかたが母親に近しいなと思う。
「似合ってるよ」
「それは褒めてるのか……?」
四字熟語が書かれたシャツが似合う男、なんて代名詞を嬉しく思う人はいないだろう。
「褒めてる褒めてる」
くすりと笑う波未。そのいたずらっぽい笑みはとても褒める人がする笑みには見えなかったが、あえて突っこまないでおく。
するとまだ何か残っていたのか、波未は膝をつき紙袋の中をガサゴソっとあさると、取り出したのはネイビー色のステテコパンツだった。
「これはあたしが買ってきた。履いてみて」
「いいのか?」
「うん」
受け取ったステテコにはまだ値札が付いていて、どうやら本当に買ってきてくれたらしい。
値札に書かれていた数字は三千で、高級品とまではいかないものの学生が買うにしては少々お高いと思うし、それが他人のためのものとなるとなおさらである。
何度も思っていることだが、本当にここまでしてもらっていいのだろうかと遠慮したくなる環流。
しかし、遠慮される側の波未はといえば「どうしたの? 早く履いてよ」とでも言いたげな表情で待っているので、ありがたく履かせてもらうことにした。
ステテコは見た目通りにゆったりとした履き心地で、通気性も抜群。
夏にぴったりといえる一着だった。
「おお、いいね」
「嬉しいけど、俺は何も返せないぞ?」
「いいって。あたしが勝手に買ってきたんだし」
「でもなあ」
それでも波未は「バイトしてるからお金には困ってないしね」と言って、棚からはさみを持ち出す。
環流の前で立ち膝をした波未は、持ち出したそのはさみでステテコのポケットに付いていた値札を切ってくれた。
「じゃあ、誕生日プレゼントってことで」
「誕生日?」
「そ。誕生日覚えてないでしょ? だから、目を覚ました昨日を誕生日ってことにしよ。このステテコはそのプレゼント」
「誕生日か……。まあそういうことなら」
確かに波未の言う通り、環流は誕生日を覚えていない。
だからといって何か不便があるわけではなかったのだが、誕生日プレゼントという言葉の響きがなんだか無性に嬉しく思えた。
「昨日は七月二十日だから、誕生日覚えておいてね」
誕生日を決めてくれた波未はそういうと、優しく微笑んだ。
その笑みからは純粋な温かさを感じる。
「ああ、ありがとう」
「素直でよし」
しかし、誕生日プレゼントということなら環流からも波未の誕生日にお返しをしなければいけない。
今のままでは何も用意できないが、環流も島でバイトでもできればいくつかの選択肢はできるだろう。
特にやることもない環流は、あとで雇ってもらえそうなところを探そうと決めた。
それともう一つ、お返しをするには聞いておかなければいけないことがある。
「お前はいつなんだ? 誕生日」
「あたし?」
まさか自分の誕生日を聞かれるとは思っていなかったのか、波未はきょとんとしてしまう。
「んー、秘密」
「なんでだよ」
「なんでも」
しばしの考えのもと、出された答えは秘密らしい。
これではいつまでにお返しを用意できればいいか、目途が立たない。だが、まあひょんなことで分かるだろうとたかをくくって、今はプレゼントをもらったという喜びに浸ることにした。
どうやら今日もまた泊めてくれるらしく、受け取った四字熟語シャツたちを整理しようと紙袋を持って借りている部屋に戻る。
まだ日は出ているが、この部屋というかこの家には心地の良い風が通るので暑さはあまり気にならない。
一体何枚あるのだろうか、数えるのも億劫になるほどのシャツたちを綺麗にたたみ直していく。
すると、紙袋の底からなにやら見覚えのないものが出てきた。
(なんだこれ……?)
手にしたのは男物の下着だった。
ご丁寧に厚手のビニールに封がされているので、新品であることは間違いないだろう。
ひらっと、一枚の紙が床に落ちたのが目に入る。
気になって拾ってみると、そこにはいつの間に書いたのか波未の文字が連なっていた。
『下着もないと困ると思ったから、一応買ってきた。買うの恥ずかしかったから絶対使って』
とのことだった。
本当に気が回るやつだな、と心の中で呟きながら環流は、苦い顔をしながらその下着に着替ることにした。
──そのゾウさんがプリントされているブリーフパンツに。
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