中学は3年間、休みがちだった。

 


朝になると、お腹が痛くなった。


家を出ることができても、歩いている途中に動悸がした。

学校が近づいてくると、拒否反応が出る。


呼吸が浅くなり、脚がすくんだ。


嫌だ、こわい、帰りたい、と心が泣き叫ぶ。



手首を切るのが癖になった。


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この私にできることって何?

私の居場所はどこ?


もし神様が本当にこの世にいるのなら

きっと私のこと忘れてるんだろうな。

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中学校は地獄だった。


心に灯っていた火が消えたよう。


ああ、苦しい。






女子バレー部に入った。


馴染めなかった。

いじめ、だったのかはわからない。


ハーフの私は、バレーで活躍するだろうと部員たちから敵視された。




最初に受けたショックは、この会話だった。


先輩たちに、

「お父さんがガイジンだっけ?」

と言われ、

「お父さん、いないんです」

と慣れた口調で私は答える。



人生で何度も繰り返されたこの質問と答え。

どうってことないはずだった。



2秒後、私の表情は崩れる。



先輩たちは、急に爆笑し出した。


「お父さんいないの?!」

「なになに、なんだって?」

「お父さんがいないんだって!」

「えーまじで!」

「え、お父さんいないってどういうこと?!」

「なんかやばくない??」



ああ、文字では表現しきれない。

あのひどく異様な空気感を。


差別的な笑い声が、体育館中に響き渡る。


変な恥ずかしさに駆られた。

意味がわからなかった。

お父さんがいないって、そんなにおもしろいのか。

お前らには心ってものがないのか。


…私はどんだけ下に見られてんだ。



私を守ってくれる人はいない。




試合の時に、私にだけ挨拶を返さない他校の部員はたくさんいた。

遠征でやった1人ずつのパスの練習で、部員たちにナイス!と声をかけながら、私のことだけスルーするコーチもいた。

 

平気なふりして練習を続けた。

…言葉にできない違和感と疎外感を感じながら。





夏休みのある日、部活に行くと、部員に「何?」とにらまれた。他のメンバーに声をかけても無視される。


驚きはしなかった。ただ、確信した。


「私はふつうに扱ってもらえないんだ」



バンッと心臓を撃たれた気がした。ショックだ。



私はふつうじゃない。

ハーフはふつうじゃない。

お父さんがいないのはふつうじゃない。

ふつうじゃない、ふつうじゃない、と私の頭の中で低い声がする。


ずっと、気づかないふりをしてきた。

でももう認めずにはいられない。


みんなは、ふつうじゃない私を避けている。 


みんなと違うのは悪いことなんだ。


だから私は、みんなの仲間に入れてもらえないんだ。


涙が溢れて止まらなかった。

こんな自分が恥ずかしい、

自分なんて大嫌いだ、と思った。


 


私は、ようやく気づいた。

 


私の心は壊れている。





———ふつうになりたい。

———みんなと同じでいたい。




深く傷ついた中学1年の夏のその日。

それが、部活に行った最後の日だった。






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朝起きてすぐ、昨日までのことが現実じゃないことを祈る。


ねぇ、私ってやっぱり変?

ねぇ、私を起こしてよ

ねぇ、生きる意味を教えてよ


暗い過去が、タトゥーのように脳に刻まれている。



鏡が見れない。


この肌と髪は、私を暗闇に堕とす。


堕ちていく…



今日と同じ明日は嫌だ。

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「その暗闇って、あなたの肌より暗いの?」



目が覚めた。


バレー部を辞めてから、被害妄想が悪化していた。



バレー部員と廊下ですれ違うたびに気まずい。

吐き気がする。めまいがする。


「なんで辞めちゃったのー?」

「背高いから使えたのに」

「めっちゃさみしー」



黙れクズ。


嫌いなら放っておいてくれればいいのに、部活を辞めても彼女たちは突っかかってきた。


私が廊下で、カバンの中から何かを取り出そうとしゃがんでいたらスカートをわざと踏まれたし、給食が入っている大きな箱で体当たりしてくることもあった。



——学校にいる限り、私は逃れられない。



絶望した。


孤独を紛らわそうと空想の世界にたくさん友だちを作ったけど、被害妄想がどんどん膨らみ私の邪魔をした。



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あなたは私に目で笑いかける

私はあなたを心で抱きしめる


言葉はいらないと教えてくれた

世界は広いと教えてくれた


あなたがいるから、私は生きる…


 


突然、世界がグレーに染まった。


ガラスの派手に割れる音が遠くで響いた。



全てがただの空想だと思い出す。

私は独りぼっちなんだと思い出す。



心が冷える。目頭が熱くなる。



それでも私は、瞼の奥にしかいないあなたに向かって、必死に叫ぶ。


——私を孤独から連れ出して。


——全部嘘だったと言って。


——私を裏切らないで。


——大丈夫だよって、私を安心させて…


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返事はない。


私は目を開く。

温度のない涙が、頬を静かに伝った。




私は部活だけでなく、クラスにも居場所がなかった。


みんなと同じになることばかり考えて、それが不可能だと気づくともっと絶望した。

ずっと下を向いていたし、自己嫌悪は習慣になった。

耐えられなくなったら手首を切る。切って切って、大嫌いな自分を懲らしめる。


ずっと憂鬱に浸っていた。独りで。


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誰を信じよう

何を信じよう

私は何を求めているのだろう


何のために、この壊れた心で生きているのだろう


明日がこわい。

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でも、そんな私にも、小さな希望が1つあった。


音楽だ。


ある韓国のグループアーティストに心を奪われた。

中1の冬。

久しぶりに人間の感情が戻ってきた気がした。



若者の孤独を丁寧に描写した歌詞。

頭から離れない中毒性のあるメロディー。

映画のような美しいミュージックビデオ。



——すごい。かっこいい。



一瞬で彼らの虜になった。

孤独なんて、学校のことなんて、全て忘れられた。


私の心にそっと寄り添ってくれた。


この出会いが、私を正しい道に戻してくれた気がする。



——音楽の道に進みたい。

私は初めて、夢ができたのだった。








2年生になると、同じアーティストを好きな友だちができた。

その年が、中学で一番楽だった。


バレー部員からの嫌がらせは減った。




私は、担任の先生が大好きだった。


とてもパワフルでポジティブでタフな女性の先生。


私の話をたくさん聞いてくれた。

どんな話も、私を私として受け止めてくれた。

私という一人の生徒を理解しようとしてくれた。


先生が何か間違えた時は、生徒を相手に謝る人だった。


——こんな大人もいるんだ。ごめんって、子どもに            

素直に言う人もいるんだ。


私は久しぶりに誰かを信頼した。

今でも、尊敬できる大人の1人だ。



中2だったこの頃のクラスは、女子の仲がよかった。

多くの子が私を大事にしてくれた。


初めてクラスの打ち上げに参加したり、年賀状を交換したり、恋の話をしたり。 

今思えば、この年が一番楽しかった。



ただ、このクラスには1つ、問題があった。


いじめ、のようなものがあった。

クラスで1人、よくからかわれている男子がいた。


たしかに変わり者だった。

誰も彼と話したがらなかったし、席も近くになるのを嫌がった。



私が言いたいのは、もしあれがいじめだったなら、私は加害者だった、ということだ。


小学生の時は、私はいじめを1人で止められる子だった。

でも学校に行くのが苦しくなって、中学生になってから部活で仲間外れにされて、みんなと同じでいられない恐怖を知った。


だから。

私は彼を助けなかった。


しかも。

みんなと同じように、彼を殺すセリフを吐いた。


今でもよく覚えている。

彼が、魂が抜けたような目で、私を見たことを。



ごめんなさい。

助けられないなら、せめて何も言うんじゃなかった。


中学時代の最大の反省は、この出来事だ。

もう二度と繰り返さない。絶対に。






秋になると、私はダンスを始めた。


小さい頃ダンスに夢中になっていたのを、好きなアーティストを見ながら思い出した。


初めてスタジオに行ってから一週間くらいは、ほぼ毎晩、ダンスの夢を見た。

そのくらい情熱的になっていたのを覚えている。


3月には、ステージでパフォーマンスをした。

会場にいる人たちはみんな派手でおしゃれで、自分に自信がありそうな人ばかりだった。


その日私は、「表現」が自分の天職なんじゃないかと本気で思った。

ステージで、信じられないほど表情が和らいでいたのだ。みんなに注目される中で、派手な衣装とメイクでパフォーマンスをする。歓声がとても気持ちよかった。


——ダンサーになりたい!


強く、強くそう思った。

これを仕事にしたい。ダンスで生きていきたい。


メイクとファッションで、自分に自信を持てた。

表現するのが好きだ、と気づいた一日だった。




来月から受験生になるというこの頃。

中学最後のクラス替えが不安だった。


最後くらい、好きな人と同じクラスになりたいな、と思っていた。






中3の始業式は、絶望で終わった。

 

私を馬鹿にする男子たちと、同じクラスになった。

小学生の時に私を仲間外れにしたグループの子と、バレー部員の何人かも同じクラスにいた。

もちろん、好きな人とは違うクラス。


中学の最後にこれか。


気が遠くなりそうだった。


_________________________________________


すべてが必然だったなら

もう少し生きていないと笑える日は来ない


生きる意味がわからない


もう傷つきたくないの


傷つくのがこわくて常に最悪を想像して

心がもっと壊れていく。

_________________________________________



でも私は、女子とはかなり上手くやった。 

本物の友だちも1人できたし。


担任は若い男性の体育の先生で、とても優しく、愛のある人気者だった。私も好きな先生だった。


5月に行った修学旅行は特に楽しくはなかったけど、その後、少しずつクラスは楽しくなっていった。 




なぜ、楽しいままで終われなかったのか。



私が小4の時から恋をしている彼とその周りの奴らに、急に差別発言をされるようになったからだ。


なんて言われたかは絶対に言わない。

吐きそうだから。 


こんなに苦しいことがあるのか、というくらい苦しかった。

 


どうして、私なの。私が何かした?

どうして、どうして、どうして。


廊下ですれ違うたびに、私に聞こえるように暴言を吐かれた。


私に言っている、と確信するには時間がかかったけど、彼らは私に言っていた、と思う。


不思議で仕方なかった。


私は彼と、小学校を卒業してから一度も会話をしていない。

そして彼の周りの奴らとは、小学校も違うし中学のクラスも違ったから、フルネームすら知らなかった。


でも、彼と仲の良い男子で、私に優しくしてくれる人もいた。

私の好きな彼は、一緒にいる友だちによって、私への態度が変わった。


何が起こっているんだろう。


私のことを嫌いなのか、好きなのか、それとも私に好かれていることに気づいてるだけなのか。

 


絶望と希望を気が遠くなるほど繰り返す。

信じて疑ってを限界まで繰り返す。



腹痛がひどくなった。

過敏性腸症候群という病気らしい。

まともに授業に出られなくなった。


それでもみんなは、笑顔で過ごしている。

いいな。

誰にも聞こえるように悪口を言われない毎日なんて、贅沢だね。


中2の時の担任の先生が、中3の夏休みを過ぎるとみんな大人になっていく、と言っていた。

だから私は、彼らが私を侮辱するのを、夏休み明けくらいからやめるだろうと思っていた。


思っていた、というか願っていた。

そうであってくれ、と。



でも、もっとひどくなった。


体育祭の練習中、私が泣きながら足の痛みを訴えて担架で運ばれると、私に聞こえるように笑われた。

バレー部員の、「なんで笑ってんの〜」と自分も笑いながら男子たちに声をかけているのが、担架で運ばれながら聞こえた。


恥ずかしい、という気持ちでいっぱいだった。


足より、心臓とお腹が痛い。

ショックで心拍数がすごかった。

ストレスでお腹がひどく下った。



合唱祭では、私のクラスの番になってステージに向かって歩いていく時、私が通ると例の差別発言をされた。

ひな壇に立つと、歌いながらでも聞こえてくるくらい、楽しそうに私を馬鹿にしている彼らが見えた。

  


私、何してるんだろう。

私はまだ、彼を好きなんだろうか。

もしそうなら、なぜ好きなんだろうか。



いつ、この地獄の毎日は終わるんだろう。

冬休みが終わったら、みんな受験勉強に忙しくなって、私のことなんか忘れてくれるのかな。



そうだ、受験だ。


私には、行きたい高校などなかった。

よくお腹が痛くなるから、近い所がいいと思い、近所の2校に夏休みに見学に行った。


高校はとても楽しい、とママがよく言っていたし、中学の先生たちもそう言っていた。

だから私は、早く高校生になりたかったし、見学をとても楽しみにしていた。


でも。

2校とも最悪だった。

在校生に、「ガイジン」「コクジン」と笑われた。

他の中学から見学に来ていた人にも、ジロジロ見られたり、ひそひそ話をされたりした。


——高校もこんな所なんだ…


目の前が真っ暗になっていく。


どこにも、私に居場所なんてないのかもしれない。

どうしよう、高校に行きたくない。

でもまだ就職もしたくない。

どうしよう…



たくさん悩んで、夏休みにママと色々調べていると、国際科のある公立高校を見つけた。


国際科。

すぐに興味が湧いた。

家からは少し遠いけど、秋のオープンスクールに行くことが、大きな希望に感じられた。


実際、オープンスクールはとても楽しかった。 

国際科の先輩たちは、みんな英語で堂々とプレゼンをしていてかっこよかったし、仲が良さそうだったし、誰も私を馬鹿にしたり、笑ったりしなかった。

普通科の在校生でさえ、私を見下さなかった。


——この学校に行きたい。国際科に入りたい。


一瞬で志望校が決まった。ママも、国際科が私に合うと確信してくれたみたいだった。



ただ、私は欠席日数が多いので、国際科に受かるためには内申点が足りていなかった。

担任の先生は私を応援してくれたけど、12月に出る内申点を上げるために、死ぬ気で勉強しなさい、と言った。


_________________________________________


勝ち取りたいの

不安だけど 自信もないけど

乗り越えたらきっと 今より強くなれるはず

_________________________________________



私の受験に対する情熱は変わらなかった。

毎日悪口を言われたけど、国際科に行けるならもういい、と勉強に励んだ。


本気で行きたい高校だからこそ、内申が出る日はとても緊張した。


1人ずつ、担任から紙を受け取る。


私は内申書を見て、放心状態になった。


5点も、合格ラインより低かった。



——うそ…私、国際科に行けない。



視界が、ぐらっと揺れたような気がした。

国際科に行けない。高校生になれない。


泣いて泣いて、たくさん泣いた。


どうしよう、せっかく居場所を見つけた気がしたのに…


私は担任の先生に、泣きながら、

「私、国際科行けないんですか」と聞いた。


先生は残念そうに、「ちょっと厳しいね」と言った。


唯一の希望が、消えていく。


私はみんなと違って私立校と併願ができないから、確実に受かる所を選びたかった。


ママは、自分のレベルに合った高校を受けよう、と言った。

たくさんたくさん、その日は泣いた。



でも、私の情熱は本物だったらしい。

内申点が足りてなくても、諦めなかった。


私は国際科を受けると決めた。


国際科にしか行きたくない。


死ぬ気で、本気で勉強した。

1月からは、ゾーンに入っていたのだと思う。

何時間も集中して勉強したし、ストレスに感じなかった。

本気で勉強している、その瞬間が楽しかったのを覚えている。



学校で行われた進路指導の会議では、先生たちの間ではやっぱり、私が国際科に受かるのは厳しい、という話になったそうだ。


でも担任の先生は、私を心配しながらも応援してくれた。

「定期テストや学力調査の点数はとれてるから、内申は低いけど本番の点数と面接次第だね」と励ましてくれた。


英語が得意な私は、受験本番で満点を取ることを目標にし、大の苦手な数学は基礎問題だけは落とさないように対策をした。


面接ではA評価を目標に練習した。

受け答えは得意だったし、模擬面接は信じられないほど上手くいった。


——私、やれるかも。


この調子で逆転合格できたらいいな。

そう思って、毎日がんばった。

先生も家族も応援してくれている。

とても心強かった。




そして受験本番。


朝から緊張していたから、試験中にお腹が痛くならないか心配だった。

ママに学校の前まで一緒に来てもらった。

「いってらっしゃい」

そう言って手を振るママと別れて、校舎に入る。


不思議と緊張は解けて、楽しみな気持ちが膨らんできていた。

席に着いて、試験が始まる直前も、かなり落ち着いていた。


———あれだけ勉強したんだから、大丈夫。


そう自分に言い聞かせた。



1日目の学力検査は、上出来だった。

終わってからママに電話で、「受かった!」と言ったくらいだ。

 


2日目の面接は死ぬほど緊張した。


集団面接では噛みまくった。

個人面接では、入室後にドアを閉め忘れて、面接官にドアを閉めてもらえますか、と言われた。


やっちゃった…と思ったけど、ここでめげちゃダメだ思い、失礼しました、とすぐに気を取り直した。


そして個人面接が終わるとき、ママが言っていたことを思い出した。


「本気で行きたいって、アピールしてきな」


私は面接官に、退出してくださいと言われた後、勇気を出してこう言った。


「私は、本気で国際科に入りたいと思っています。貴校で、なりたい自分に向かって努力していきたいです。ぜひ、よろしくお願いします」


いや、ちょっと違うセリフだったかもしれないけど、とにかく熱意をアピールした。

これで落ちても悔いはない、と思えるくらいに。


面接官は何も言わず、にっこり笑って私を見ていた。



この頃はコロナウイルスが広まり始めていたので、入試の後は休校だった。 


合否が出るまでの一週間は、少し長く感じた。



そして、合格発表当日。


コロナのせいで、例年のように高校で受験番号を確認するのではなく、不合格者に中学校から電話がくる、という形になった。

午後3時までに電話が来なければ合格、ということだった。


私は、ずっとママのそばにいた。

携帯に何かの通知が来ると、とても焦った。


——受かりたい。



気づけば3時は過ぎていた。


電話がなければ合格って、とても変な感じだ。


実感が湧かないままママと抱き合って、制服に着替えて中学校に行った。


電話のこなかった生徒たちが、合格証をもらいに登校してくる。


先生たちが、昇降口で笑顔で出迎えてくれた。

私が国際科に受かったのを知って先生たちは、がんばったね、と言ってくれた。


そうだ、私はがんばったんだ。


教室で、担任の先生から合格証をもらう。


国際科、自分の名前、合格、の文字を見て、感動で胸がいっぱいになった。

先生は涙目で、「ほんとによかった」と言ってくれた。


———先生が私を信じてくれたから。

本当にありがとう。


心の中でそう言った。



私は、国際科に合格したんだ。

来月から通うんだ。


制服の採寸も、教科書を買うのも、とても楽しかった。高校生になれるんだな、と思うと何度でもわくわくした。



中学の卒業式は、コロナウイルス感染拡大防止のために、とても短く行われた。



その日、私は彼を見ていた。

今日がきっと、彼に会う最後の日になる。

まだ恋をしているのか、わからなかった。


もちろん一言も話さなかった。

中学3年間、少しも会話をしなかった。


じゃあなぜ、私は彼を好きだったんだろうか。



_________________________________________


夜になれば、きっと君を思い出す。


もういないのは分かっている。


ただ、恋しくなってしまう。

ここに来て、抱きしめてほしいと思ってしまう。

好きだと言ってほしいと思ってしまう。


こうなるなら、ずっと仲のいい友達でいればよかった。



好きな人の好きな人は、私ではない。




私が君の好きな人なら、どれだけ幸せだろう…






会いたいのに、会いたくない。



「大好きだけど大嫌い」の意味がよくわかった、

中学3年生の恋だった。




好きな人に攻撃されるのが、こんなにも

苦しいものなんだと知った。






恋なんて、いいことなんか1つもない。





好きな人に大事にされなくても、なかなか忘れられず、本気で憎む事もできない私は、やっぱりふつうじゃないんだと思う。

_________________________________________



そんなことを思いながら、たくさんの絶望と少しの感動を味わった中学校の校舎を出て、ママと2人で家に帰った。




不思議と、さみしいな、と思っていた。

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