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気分の波が激しすぎる。
昨日の夜はあんなに学校に行きたかったのに。
クラスのみんなに会いたかったし、部活にも行きたかったのに。
今日も朝目が覚めるとお腹が痛くて、体も重かった。左の手首がきりきりと痛む。
口がきけない。
ママに、今日学校休む、とも言えない。
ストレスで何も言えなくなるのだ。
頭の中にぼんやり霧がかかる。
その暗い霧の向こうに、学校がある。
『明日こそ、ふつうの一日になりますように』
毎晩、日記の最後に書くのは決まってこのセリフ。
ふつうの一日。
私にとってふつうの一日とは、朝起きたら当たり前のように顔を洗い髪を整え、朝ご飯を食べる。
制服に着替えて家を出て、電車とバスに乗り学校に行く。1限から7限まで全ての授業に出て、部活に行く。帰ったらお風呂と夕飯を済ませ、課題と明日の準備をし、布団に入る。そしてすぐ眠りにつく。
こんな感じだ。
高望みしているつもりは全くない。
でも、私の体は言うことを聞かない。
最後にふつうの一日を過ごしたのはいつだろう。
もう長いこと、心と体が離れ離れになっている。
あと一年ちょっとで成人するというのに、このままではたまらなく不安だ。
私は、鬱状態と躁状態を何度も何度も繰り返す。
心療内科でもらった薬を飲んだり、カーテンを開けたまま寝たり、制服を着て寝たり。
自分なりに学校に行けるよう工夫をしているのに、何も効果がない。
なんとかしたいのに何もできないのがもどかしい。
この大きすぎる不安と恐怖から逃れる方法をずっと探している。暗い過去の触手が、私のすぐ後ろまで来ている気がする。どこまで行けるかわからないけど、とりあえず生きていようって思う。
生きるってすごく不思議だけど、美しいとはまだ思えない。
でも私には芸術という希望があるから、人生を完全に捨て切ることができない。
音楽や演劇、ダンス、映画、本が好きだ。
自分の心の内を話すのは難しい。
でも書くことならきっとできる。
みんな、暗い話や重い話は避けたがるだろう。
特にコロナウイルスで社会全体がどんよりしている今は。
でももしそれが、普段明るくてよく笑い、いつも楽しそうにしている一人の女子高生の、本当の姿の話だったら?
少しは知りたいと思ってくれる人が増えるのかな。
きっと私の周りの人たちも、私がここまで追い込まれていることには気づいていないだろう。
学校を休みがちだから、何かが大変なのだろう、くらいには思っているかもしれないけれど。
知ってほしい、私のことを。
気づいてほしい、私の苦痛に。
そして私と同じ思いをしている人たちに、少しでも希望を与えたい。
自分を表現する場所が、きっとこの世のどこかにある、と。
躁状態のときの私は、とにかくよく喋る。
とても機嫌が良くて、心も体も軽い。
やりたいことがたくさんあって、一日中机に向かっていることもある。
急に部屋を片付けたり、筋トレをしたり、友だちに連絡したり。とにかく活発になるのだ。
長い鬱状態の後にこの躁状態がやってくると、暗いトンネルから明るい所に出て来た感じがする。
明るい。
すべてが青く見える。
自然と笑みがこぼれる。
体が軽い。
これから毎日、こんな日が続けばいいのに。
明るい所に来ると、全てが違って見える。
暗くて孤独で絶望の霧のように思えたことが、愛と夢と希望に溢れたものに感じられる。
未来のことを考えるとわくわくする。
体は疲れているが眠くはない。
まだ動ける。
明日が楽しみだ。
この気持ちがずっと続けばいい。
そしたら私はもっと上に、遠くに行ける。
でも暗い霧のような、雲のようなものが私の心を覆い、私を狂わせる。
私の心を壊し、精神が病み、体が硬くなる。
その霧の正体がわからない。
私の人生はくっきり二部に分かれている。
生まれてから小3の冬までと、小3の冬から現在まで。
今、私は第二部を生きている。
正直、第一部は記憶がとても曖昧で、本当に私の人生だったのかすら怪しい。
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ねぇ、私のパパだった人。
あなたは一体誰なの?
私はあなたの写真を見ても、何も思い出せませんでした。父親である、ということだけ頭のどこかで認識して、あとは混乱するばかりでした。
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家族とはとても複雑だ。簡単に壊れてしまう。
私たちが家族で居続ける方法は、きっとなかった。
急に記憶の欠片が脳裏をよぎって、切ないような懐かしいような感覚が胸に広がる。
———もう、あの頃には戻れない。
戻りたいわけじゃない。でも、なぜか切ない。
本当のことが知りたい。過去から自由になりたい。
私は、一体誰なんだろうか。
私はいつも、他の誰かと人生を入れ替えることを望んでいた。肌が白くて、髪がまっすぐで、外を歩いていても振り返られたり、じっと見られたり、笑われたりしない女の子になりたかった。
黒人の見た目をしているというだけで生きづらいこの世界に、疑問を持つことはなかった。
屈辱的な発言や差別的な視線、笑い声が、私の心と体にたくさんの重い鎖をつけた。
差別されることが私にとって日常になっている。
つらくて苦しくて恥ずかしくて悲しいのに、"ふつう"じゃない自分には避けられないことなのだと思っていた。
でも気づかないうちに、心にひびが入っていたらしい。そしてついに割れてしまった。
私の深い心の傷の原因は、家庭環境と人種差別だ。
隠してきたことや忘れようとしてきたこと、無かったことにしてきたこと、思い出せないこと、思い込もうとしてきたこと。
その全てともう一度向き合った時、私の心の傷はどうなるのか。
さらにえぐられて深くなるのか。
それとも、少しずつ受け入れていけるのか。
全く想像がつかない。
思うように学校に行けない私だけど、高校生活はとても充実している。クラスも部活も最高に楽しい。
クラスには、遅刻や欠席が多い私を、励ましたり応援したり支えたりしてくれる仲間たちがいる。今のクラスが大好きだ。
それから、部活は私にとって最高の居場所。
大好きな演劇を大好きな仲間と共に創ることができる。私と同じ学年のメンバーは、やっぱり私を支えてくれる。私の暗い面を理解してくれるから、私は安心してありのままでいることができるのだ。
そして私のママは、こんな私を見捨てずに、見守ってくれる。うまく言えないけれど、とにかく世界一の母だ。
この人たちに支えられて、私は何かを探している。
生きる理由とか、“ふつう”から逃れる方法とか、心の傷を癒す方法とか。
こんなにも周りの人たちに恵まれてるのに
孤独を感じてしまう私は、なんなんだろう。
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