第6話(完)


 ライナルト様の婚約者としての初舞台が終わった日、ノイマイヤー侯爵たちが褒めてくださった。……それにしても本当に緊張したわ……。

 疲れただろうから、今日はゆっくりと休みなさい、と言われて私は頭を下げてその場から去る。ライナルト様が部屋まで送ってくれた。


「レオノーレ」

「はい?」

「……その、今日はありがとう。なにか、欲しいものがあるなら言ってくれ」


 私はライナルト様を見て目を瞬かせる。欲しいものがあるなら? パーティーを頑張ったごほうびをくれるってこと? 欲しいもの……? うーん、これはわがままかしら。それとも、承諾してくださるかしらね……?


「……では、ライナルト様。お願いしてもよろしいでしょうか」

「ああ」

「私と一緒に、一日出掛けてください!」

「……は?」


 勇気を振り絞って出した言葉に、ライナルト様は呆気にとられたような顔をした。急だったし、ダメかしら……? 少し考えるように顎に手をかけて、ライナルト様は首を傾げて問う。


「本当にそんなことで良いのか?」

「『そんなこと』なんて! 私にとって、ライナルト様と一緒に居られる時間はすべて宝物です!」

「そ、そうか……」


 ぐっと前のめりになりながら力説すると、ライナルト様はほんのりと頬を赤らめた。


「……では、日程を調整する」

「嬉しいです!」

「……君は……いや、なんでもない」

「? 今日はお疲れ様でした。ライナルト様もお疲れでしょう? ゆっくり休んでくださいね」

「ああ、おやすみ」

「おやすみなさい」


 去っていくライナルト様。その姿が見えなくなるまで見送ってから、私は部屋へと入る。やったー、ライナルト様とデートが出来る! ……それにしても、なにを言いたかったのかしら……?



☆☆☆



 ……ライナルト様が日程を調整してくれると言ってから、早一週間。

 ついに……ついに! 本日ライナルト様と出掛けられる! とは言え、そう遠くではなく、近くの湖にピクニックに行くのだ。

 今日は天気もいいし、絶好のお出掛け日和ね! さんさんと降り注ぐ太陽の光を浴びながら、私はワクワクとした気持ちを隠せなかった。


「本当に湖で良いのか?」

「もちろんです! ライナルト様、お仕事でお疲れでしょう? その上私のワガママにも付き合ってくれて……。本当に感謝しています!」

「いや、そんなに疲れてはいないが……」


 湖の近くまでは馬車で向かい、湖を眺めながらお弁当を食べる! 自然の力を借りてライナルト様を癒したい! ……なんて、ただ単に私がライナルト様と一緒に居たいだけなのだけど……。……それに、ライナルト様は多分知らないと思うの。あの湖にはちょっとしたジンクスがあるのだ。

 ――夕日が沈みゆく時に告白をして結ばれた男女は、末永く幸せになれる――……。

 乙女チックだとは思うけど、そんなジンクスに縋りたい。私はライナルト様が傍に居てくれるだけで幸せだけど……出来れば、彼にも幸せを感じてもらいたいから――……。

 そんなことを考えながら馬車に揺られていると、すぐに湖についた。恋人っぽい人たちがちらほら見える。さすがデートスポット……!


「ライナルト様、お弁当を食べませんか?」


 ……用意したのは料理長だけど……。


「ああ、そうだな」


 ライナルト様がお弁当を持ってくれた。そして、木陰でお弁当を食べることにした。料理長が渡してくれたお弁当の量はかなり多くて、こんなに食べられるかしら……と不安に思ったけれど、ライナルト様がぺろりと食べてしまった。

 男性だから、かな? なにも言わないで真顔で食べている姿は、なんだか可愛かった。

 お弁当を食べ終わり、ただまったりとした時間が流れる。そのうちに、うとうととし始めたライナルト様に、私は声を掛けた。


「ライナルト様、よろしければ、私の膝に頭を置いてください」


 私との時間を作るために、色々と忙しくしていたのを知っている。ナターリエ様が教えてくれたのだ。ライナルト様は眠気でぼんやりとしているようで、素直に私の膝の上に頭を置いて眠り出した。私は内心きゃぁぁあっと叫びながら、ライナルト様の寝顔をたっぷりと堪能した……。眠っているだけなのに、どうしてこんなに格好良いのかしら……。目を閉じると幼く見えるわね……。

 本当、どうしてみんなライナルト様を怖がるのかしら! こんなに格好良くて可愛らしいのに!

 そんなことを考えながら、ライナルト様が目覚めるまで私は彼の寝顔を堪能することに決めた。

 ――それから数時間後、私のほうがライナルト様に起こされた……。


「も、申し訳ございません」

「いや……、君のおかげで休めた。重かったろう、悪かったな」

「いえ、そんな、幸せでしたっ」


 わたわたと言葉を紡ぐと、ライナルト様がキョトンとした表情を浮かべて、すぐに笑った。何時間くらい眠っていたのか、すっかり夕暮れ時になっていた。湖が夕日色に染まっていくのを眺めていると、ライナルト様が立ち上がり、私に向けて手を差し出す。

 私はその手を取って立ち上がる。すると、ライナルト様は湖に向けて足を進めた。


「……君は以前『私なんかで』と言っていたな」

「ライナルト様も、『こんな俺でも』と仰っていましたよ」


 今思い出しても顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。そんな私に、ライナルト様はそっと微笑んだ。


「あの時は殿下たちが様子を窺っているのが見えたから、そこで話を切り上げてしまったが……」

「ライナルト様……?」

「俺は、君が良い」


 ――短い言葉だった。とても短い言葉だったけれど――その言葉は、きっと、一生忘れることはないと思った。夕日に照らされたライナルト様の顔も、照れたように目を伏せていることも――……。


「レオノーレ・テレーゼ・クラウノヴィッツ」

「は、はい……」

「どうか、俺と生涯を共にして欲しい」


 ライナルト様はゆっくりと言葉を紡いで私を見つめた。私は……自分の視界がぼやけてきて、泣いているのだとわかった。慌てたように私の涙をハンカチでふき取るライナルト様に、自分の手を重ねる。


「――はい、よろしくお願いいたします……!」


 ライナルト様は、どこか安堵した様子で微笑んだ。

 ライナルト様が私を求めてくれたのが、とても嬉しかった。そっと抱きしめられて、私はぎゅっと彼の背中に腕を回して抱き着いた。

 帰りの馬車で、ライナルト様はぽつぽつと話してくれた。殿下とナターリエ様に今度私と湖に出掛けるから休みが欲しいと言ったら、ナターリエ様が湖のジンクスについて教えてくれたこと、ずっと気になっていた『私なんかで』という言葉を払拭させたかったこと、自身もきちんと私を求めていると、理解させたかったこと。


「……そうだったのですか……」

「……君はいつも、俺と一緒に居られることが嬉しいのだと伝えてくれていたから……。さすがの俺でも、君の気持ちが本当に俺に向いているのだと理解出来た」


 ……自分でもわかりやすい態度だと思います……。だって好きなのだもの。


「ライナルト様のお言葉、とても嬉しかったですわ」

「……これから色々なことが俺たちに降りかかると思う。だが――……」

「二人で、一緒に解決していきましょう?」


 一人だけに負担を掛けるのではなく、二人で支え合って生きていくの。それが――夫婦というものだと思うから。


「――君となら、どんなことでも乗り越えられそうだ」

「私もそう思いますわ」


 そんなことを話しながら、馬車に乗っていた。クラウノヴィッツ邸へと送ってもらい(パーティーは終わったから)、「今日はありがとうございました」とお礼を伝えると、ライナルト様はゆっくりと首を横に振り、「また今度二人で出掛けよう」と言ってくれた。私は嬉しくなって「はいっ」と元気よく返事をした。

 そっと、ライナルト様が私の頬に触れた。私がライナルト様を見上げると、ライナルト様の顔がドアップに! 唇に、柔らかいものが触れる感じがして……。こ、これはもしや……!? 恋愛小説によくあるく、く、口付けというものでは……!?


「また今度」

「は、はい……」


 そう言って去ってしまったライナルト様の姿を、私はずっと見送っていた。家に入ることもせずにずっと。だって絶対顔が赤くなっているもの!



☆☆☆



「……とまぁ、それがお父様と私の馴れ初めよ」

「おとーさまって昔からあんな感じだったんだ~」

「おかあさまが幸せそうなのは、おとうさまのおかげなんだね~」


 あれから幾年の月日が流れ、ライナルト様と無事に結ばれた私は、二人の子宝に恵まれた。可愛い私の子どもたち。


「私が幸せなのは、それだけじゃないわ」


 そう言って二人を抱きしめる。二人に「おかあさまとおとうさまってどうやってしりあったの?」と聞かれたので、子どもたちに合わせて、少しマイルドにしながら馴れ初めを教えたところだ。


「あなたたちが居てくれて、私はとても幸せなの」


 愛するライナルト様との間に出来た、私の宝物。ライナルト様と結婚するまでも、結婚した後も色々と大変なことはあったけれど……、苦労よりも幸せのほうが多いのよ。


「なにをしているんだ?」

「内緒ですわ」


 仕事から帰って来たライナルト様が私たちに尋ねる。私はくすくすと笑いながらそう言うと、ライナルト様が私を後ろから抱きしめてきた。子どもたちは私から離れて「あそんでくるね~」と遊びに行ってしまった。


「……お帰りなさい、あなた」

「ああ、ただいま」


 ちゅっ、と軽いリップ音を立てて唇に唇が重なる。

 ――この幸せを、絶対に離さない。そう心の中で誓いながら、私は「もう一度」とライナルト様にキスをお願いした。

 ライナルト様は、目を細めてもう一度、今度は深く溶け合うような口付けを。

 ……殿下の勘違いから始まった、ライナルト様との関係。本当に、感謝してもしきれないくらいだわ。

 そしてこれからも、幸せな時間をみんなで紡いでいくの――……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あ、すみません。私が見ていたのはあなたではなく、別の方です。 秋月一花 @akiduki1001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ