第3話


 そこからはなぜかとんとん拍子に話が進んでいった。ライナルト様が我が家に来て、これまでの経緯を話すと、お父様もお母様も呆れたように私を見た。そして、ライナルト様のおうちにも挨拶に行った。

 ライナルト様のお父様とお母様は私を歓迎してくれて、「息子に春が来るなんて……!」と涙を浮かべていた……。ライナルト様はそんな二人を「はいはい」と適当にあしらっていて、家族に見せる表情を見られたことがとても嬉しかった。


「それにしても、本当にうちの子で良かったの?」

「……わ、私は前からライナルト様のことが好きだったので……。ただ、私とライナルト様では身分があまりに違うので、……ノイマイヤー侯爵夫人は、本当によろしいのですか……?」


 私は男爵家の令嬢、ライナルト様は侯爵家の令息。本来なら、私が結婚出来る方ではない。ノイマイヤー侯爵夫人は、そんな私に目を瞬かせて、それから小さく微笑みを浮かべてゆっくりと言葉を紡ぐ。


「この子ったら、縁談が来てものらりくらりと逃げてしまってね。……まぁ、数回お見合いには成功したのだけど、相手のご令嬢からやんわりと『怖いから無理ですごめんなさい』……なんて返事ばかりもらっていたのよ。だから、驚いたの。まさかこの子から、『会って欲しい人がいる』なんて言われた時には!」

「母上……っ」

「本当のことじゃない。私はライの幸せを願っているわ。男爵家から嫁ぐということは、大変なことになるでしょう。ですが、ライも、私たちもあなたのことをしっかりと守るから、そこは安心してちょうだいね」


 ノイマイヤー侯爵夫人にそう言われて、私は内心ちょっと驚いた。男爵家の令嬢ということで、門前払いされてもおかしくないのに、守ってくれる、なんて……。私が「ありがとうございます」と口にする前に、ライナルト様が口を挟んだ。


「そんな当然のことを言わなくても……」


 当然……?


「あら、きちんと宣言したほうが良いのよ、こういうことは。ねぇ、安心出来るでしょう?」

「え、ええと……、ま、守っていただけるのはとてもありがたいです」

「ほらね?」

「あの、……ええと、ただ、守られるだけではイヤです」

「……?」


 ライナルト様もノイマイヤー侯爵夫人も、不思議そうに私を見た。私はちらりとノイマイヤー侯爵夫人を見てから、ライナルト様を見つめた。


「私だって、ライナルト様をお守りしたいのです」


 彼が傷つくのはイヤだ。私になにか出来るのかと問われると、答えることは出来ないけれど――……。


「クラウノヴィッツ男爵令嬢……いえ、名前で呼ばせてちょうだいね、レオノーレ。あなたは既に、ライを守っているわ」

「……え?」

「殿下の護衛は危険も伴うわ。ライは何度も死にかけたことがあるの。それを救ってくれたのは、クラウノヴィッツの薬よ」


 し、死にかけた……!?

 ライナルト様を見つめると、ふいと視線を逸らされた。そのことが事実だと物語っている。


「クラウノヴィッツの薬が二人の縁を結んだのね」


 ノイマイヤー侯爵夫人はそういうと、お茶を飲んで立ち上がった。


「わざわざ来てもらって悪いのだけれど、まだ仕事が残っていて……後は若いお二人で、ね?」


 悪戯が成功したように微笑むノイマイヤー侯爵夫人に、私とライナルト様は顔を見合わせて――もしかして、それが狙いだったのでは……? と考えてしまった。侯爵夫人は忙しい方なのに、わざわざ時間を作ってくださったことには感謝しているけれど……。


「……少し、歩くか?」

「そ、そうですね!」


 残された私とライナルト様は、ライナルト様に屋敷の中を案内してもらった。挨拶に来た時には応接間で話したから……。まだ、夢なんじゃないかって思っているけれど……実感がわかない。本当に。


「……大きなお屋敷ですね」

「タウンハウスだからそうでもない。領地の屋敷のほうが大きい」

「……え」


 さ、さすが侯爵家……。


「シーズン中だからタウンハウスに居たが……、そう考えると君のプロポーズは丁度良いタイミングだった」

「忘れてくださいっ」


 今でも謎なのよ、お友達になってくださいが夫になってくださいになったことが! 思い出すだけで顔から火が出そうなほど恥ずかしい。

 ライナルト様はその時のことを思い出し、肩を震わせていた。……ライナルト様、案外笑うわよね。……うん、彼のことを知っていくのは嬉しい。

 陰からこっそり、というわけではないけれど(なにしろ会わない)、殿下の護衛として働いているところを見ていた。


「レオノーレ、こちらへ」

「は、はいっ」


 名前で呼ばれてどきりとした。ドキドキと心臓の鼓動が早くなる。婚約を認められた瞬間から、私のことを名前で呼ぶようになった。婚約者に対して親しみを込めて、と言われては……。


「……手を」

「は、はいっ」


 すっと手を差し出されて、私は手を重ねた。分厚いライナルト様の手。剣を握って出来たタコが潰れて、厚くなる。それが積み重なったライナルト様の手。きゅっと握られて、さらに胸がドキドキする。


「たぶん、この屋敷の中で一番君が気に入る場所だ」

「え?」


 ライナルト様にそう言われて、私は首を傾げた。

 彼が案内してくれたのは――薬草畑だった。


「こ、これは……!」

「タウンハウスでも作っているんだ。ノイマイヤーの特産品でもある」

「素晴らしいですわ! ああ、なんて立派な薬草……!」

「……やっぱり喜んだ」


 質のいい薬を作るには、質のいい薬草を見極める必要がある。こんなに質のいい薬草を栽培出来るなんて……! さすがはノイマイヤー侯爵家! うちでも栽培しているけれど、中々こんなに良い薬草は作れない……。


「結婚したら、ここの薬草は好きに使っていい」

「えっ!?」

「領地でも作っているし、ここのはほんの一部だからな」


 ……こ、これでほんの一部……。……なんかもう、さすがとしか言えない……。


「……そんなことを言って、私がこの薬草を悪用したらどうするんですか」

「君はそんなことしないだろう?」


 当たり前のように言われて驚いた。私が目を瞬かせていると、ライナルト様は「気に入ったか?」と尋ねてきたので、私は満面の笑みを浮かべて、


「もちろん!」


 と大きな声で返事をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る