Chapter3  Case1:魂なき死体(前編)

無機質な電子音が早朝の仮眠室に鳴り響く。「…はい、藤堂ですが。」喪服に強烈なインパクトを与える片側剃り込みの髪型をした女…再葬課課長、藤堂麗とうどうれい。彼女は電話を取るなり素早く名乗り、相手の反応を待つ…「…はい?もう一度お願いできますか?渋谷区の古城…ああ、あそこですね。はい、分かりました。すぐ向かいます。」終始笑顔を保ったまま電話を切ると彼女は別のところに電話をかけ始め、「…もしもし、冴木さえきか?…悪いな、せっかくの休日に。すぐこっちに来られるか?」電話口の相手は些か不服そうではあったものの、一応は了解する旨を示して電話は切れた。しばらくするとオフィスまで通じているエレベーターのベルが鳴り、先程の電話口の相手である冴木さえき修司しゅうじが姿を見せる…全く艶のないボサボサの髪、何重にもクマの浮いた目、不健康そうな青白い肌に喪服を着ている長身の男。「…これって休日手当出るんです?」気怠げな口調でそう不満を垂れながら咳き込む冴木の肩を叩き、「…上が出さなかったら私のポケットマネーから出してやるさ…緊急業務でね、連絡が取れたのが冴木だけだったんだ。」疲れたような声で詫びる藤堂に冴木は気の抜けたような調子で「…はあ。ま、良いですけど。一体どんなのです?」と問うと藤堂は神妙な口調で「…ドレスを着た化け物が発見されたらしい。」と意味不明な言葉を口にした。冴木は何度か目を瞬かせた後、「はい?」と思わず聞き返してしまったかのようなトーンで聞き直す。「…頼む、呆れてくれるな…私だってよく分からないんだ。」半ば懇願するような口調で溜息を漏らし、「…場所は渋谷の古城…あの妙な建物だ。」と藤堂は説明を続ける。冴木はハンカチを口に当てながらも黙って説明を聞き、説明が一段落すると藤堂の後を追って再葬課のオフィスを飛び出していった。

**

いかにもオカルトじみたドレスを着た化け物…とやらが発見された例の古城に到着した二人は躊躇なく扉を開ける。扉を開いた瞬間に埃っぽく湿った空気が二人の鼻先をかすめ、何ともなさそうな藤堂と対照的に冴木はハンカチで鼻を覆って顔を背けた。「…それにしても…この古城って何の為の建物なんですかねぇ。」ぼそりと呟いた冴木の声に藤堂は携帯電話を取り出し、「ずっと昔の伯爵殿が道楽で建てた建物らしいよ。ほとんど実用では使われなかったらしいけどね…」そう答えた後肩を竦め、崩れそうな朽ちた床をすたすたと歩き始めると、反応するように薄暗い城の奥で何かが蠢いた。ぼんやりとしたシルエットで見ればドレスを着た女性のようだが、あまりに背が高すぎる…藤堂は出来るだけ音を立てないよう慎重に足を止め、着いて来た冴木を手の平で制してその影に近づくが、ふと気付いたように明るい声で「やあ、御機嫌麗しゅう…須崎…いや、黒衣の女王殿。」と挨拶をしてみせる。するとその人影はゆっくりと振り向き、黒いアンティークドレスを着たその人影の顔は黒いヴェールで覆われており、顔は見えないが明らかに異質な存在であることは分かるような気がした。藤堂の挨拶に女性は穏やかな声で「あら…御機嫌よう、貴女方は綾乃のお知り合いね?「カチョウ」と「センパイ」だったかしら、綾乃から聞いたのよ。どちらも綾乃より格上の人を表す言葉なんですってね、面白いわ。」と答える。穏やかではあったが、どことなく不気味さを纏った異形の声…を気にすることもなく藤堂が笑顔で「ああ。いかにも私は「課長」だ。女王殿、須崎はどうした?」そう問うと「女王」と呼ばれた異形は考え込むように揺れ、「あら、そちらの綺麗なお嬢さんが綾乃の言っていた「カチョウ」なの?女の人だったのね。綾乃は…今眠っているの。それでも仕事がしたいって言うから…私が代わりに来たのよ。」ヴェール越しで顔は見えないが微笑んでみせる。「…あの、課長。この人が須崎さんなんですかぁ?」藤堂は怪訝そうな表情でひょっこりと顔を出した冴木を制すように微笑み、女王に一礼してから冴木に向き直ると小声で「…彼女は須崎の異能の完全な形だ。普段はお前も知っての通り、「腕」しか出ていないが…須崎の意識が失われている間に業務連絡が来ると彼女が代わりに須崎の肉体を支配して動き始める、と言う訳さ。…ともかく、これで化け物の件は解決だろうな。」冴木の耳元に囁く。分かったような分からないような顔をしている冴木の肩を両手で叩き、女王の方に再び顔を向けると「…それで、女王殿はこんな所で何をなさっていたのです?」と首を傾げる。女王は黙ったまま、青く粘度の高い指先で朽ちた木材の壁に触れる…筋状の青い粘液が壁に付着したのを少し見つめた後、「…この城はね、私の城だったのよ。」どことなく寂しさの漂う声で呟くように漏らした。藤堂が目を見開いたのを察したのか、深淵から響くような不気味な笑い声を上げながら「昔ね、物好きな貴族の方が私の為に建ててくれたのよ。ほとんど使わなかったけれど。…カチョウさんとセンパイさんは、ここに何をしに来たの?」黒いヴェールで覆われた顔を藤堂の方に向け、動きを真似るようにちょこんと首を傾げる。「私達はここに依頼を受けて魂のない死体を探しに来たんです。女王殿、貴女は何かご存知ではありませんか?」藤堂は女王の不気味な威圧感に若干圧されていたが、表面上はにこやかな笑顔を保ったまま問い返した。女王がまた不安定に揺れて「…魂のない、死体?何かしら、それ。分からないけれど…とても面白そうね。私に協力できることがあれば何でも言って頂戴。」手を顔に当てて柔らかい口調で言うと藤堂はすかさず「…それでしたら、美しき黒衣の女王ハスター殿。我々が「魂のない死体」を探すのを手伝ってはいただけませんでしょうか?」片手を胸に当て、深々とお辞儀をしつつ女王に子供っぽくウインクを飛ばす。長髪に隠された藤堂の右目がうっすら青白く光ると、女王は少しだけ驚いた様子で「あら、カチョウさん。貴女、目にネメシスあの娘を飼ってるの?」と興味深げに藤堂の目へと青い指先を伸ばす。…と、その時だった。がたり、と古城奥の薄暗い空間から奇妙な物音が鳴る…藤堂、冴木、女王の視線が一斉にそちらに向けられたかと思えば足を踏み出そうとする冴木の前に手を伸ばし、怪訝そうな冴木に首を振った藤堂が真っ先に物音の方向へ走り出していく。物音のした部屋は埃っぽく、古びて半ば朽ちた重厚な細工の扉には錆びているが立派な南京錠が引っ掛かっている。藤堂は小声で女王に対する謝罪を述べてから扉を思い切り蹴る…よっぽど脆くなっていたのだろう扉は蹴り二発で砕け散り、藤堂は部屋の中に飛び込んでいったが蜘蛛の巣が張り巡らされた部屋の中には何もなく、奥の方に木箱が無造作に積まれているだけだった。藤堂が眉をひそめていると扉を蹴り開ける音で追いかけて来たらしい冴木と女王は不思議そうな表情で部屋の中を見回し、冴木は溜め息を吐く。「…箱が落ちたんですねぇ。」冴木の指差す先では小振りな木箱が床に転がっており、落胆した藤堂が踵を返した瞬間また、今度は二階からガラスの割れる音が響いた。藤堂は走ってホールに出ると素早く階段を昇って物音のした方向へと向かい、白い手袋を装着すると明らかに自然に割れたのではない形状のガラス片を拾い上げる。一瞬藤堂が目線を外に向けた瞬間、闇の中を一本の線が通り過ぎるのがはっきりと映った。表情を険しくした藤堂が着いてきていた二人に「…見たか?」と言葉少なに問うと冴木は首を横に振ったが女王は頷き、「ええ。随分体調の悪そうな子だったわね。」と答える。「…どんな容姿でした?」「ええっと…そうね、とにかく肌の色はどす黒い感じだったわ。身体は…多分カチョウさんやセンパイさんみたいな人間ではなかったわね。例えるなら人間と獣が混じったような…」女王は時折言葉に詰まりながらも藤堂の問いに答える。女王が答えている間にも奇妙な物音は鳴り続け、まるで彼女たちを嘲笑っているようにも思えた…女王の言葉を最後まで聞き終わった藤堂は「…このままでは埒が明かないな。」と低く呟き、ヘアピンで右の髪を留める。普段は髪で隠されている青みがかった右目が露になり、冴木は慣れているのか疲れたように壁に凭れかかってその様子を見守っている。藤堂は静かに目を閉ざし、「『業務』の時間だ、起きろ死神の目ネメシス。」その一声と同時に再び目を開く…青みがかっていた右目は青白い光を放ち、冴木と女王の目の前には血色の悪い肌をした不健康そうな少女の幻影が浮かび上がる。「…そこか。」藤堂は低く呟くと胸ポケットからどう見ても凶悪な形状のナイフを取り出し、天井のシャンデリア目掛けて投げた。投げられたナイフはシャンデリアを吊っていたワイヤーを切り、その上に隠れていた「何者か」にも見事に命中して落ちてくる。落ちてきたシャンデリアの上には脚に刺さったナイフを抜こうと奮闘する、明らかに不気味な存在が隠れていたらしい…女王の言葉通り肌はどす黒く、腐敗した人間の死体らしきものと様々な動物の死体が融合したような肉体をしており、所々溶けた皮膚からは白骨や萎んだ目玉、コバルト色の内臓などの醜悪な内容物が顔を覗かせている。その存在はようやく棘や返しだらけの凶悪なナイフを抜いたらしく、歪な形の傷口からはどろりとした粘度の高い、泥と血が混じったような悪臭を放つタールのような液体が垂れていた。冴木はハンカチで鼻を覆いながら「…これ、課長の目を使うまでもなく「怪物」級ですし…ウチの手には余りますよねぇ?課長。でもこんな分かりづらい場所じゃ再殺課が到着するまでには多少時間がかかる、と…。」半ば独り言のようにそう溢すと藤堂に自分の携帯電話を投げ、何かを察したように頷いて古城の外に飛び出した藤堂をよそにその怪物へと向かい合う。「…ま、普段はやる気出しませんけど…こういう少年マンガの王道っぽい展開は正直男として燃えますねぇ。すみませんが、女王殿も手伝っていただけますか?」首を動かしながら女王の方を振り返りもせず問うと女王も楽しそうに笑い、「ええ、勿論よ。でも…久しぶりだから、手加減できるかしら。」冴木の横に並び、冴木の真似をするように首を左右に動かす。

**

その怪物は見た目に似合わず素早い動きでまた逃げようとするが、それより素早く伸びた女王の腕がその怪物の両足を掴む。怪物はその腕を一生懸命に蹴るが、女王の腕はがっしりと足を掴んだまま離さない…一方冴木は尻ポケットから取り出した白いピルケースに入っている色とりどりの錠剤の中から赤い錠剤を掴み出すと奥歯で噛み砕き、深呼吸をしてから「Stay待て。」そうはっきりした声を掛けると怪物の動きが糊付けされたようにびたりと停止する。怪物は必死に動こうとしているが、指一つ動かない…「あら、センパイさんも不思議な力を持ってるの?」怪物の足を押さえている女王は冴木の方を向いて首を傾げた。冴木は面倒臭そうに頷いた後「…ま、そうですね。言語の支配者アガレスって名前の力ですよ。…開発部特製の錠剤飲まないとろくに活性化しませんけどねぇ。」と答えてちらりと外を見ると溜息を吐いたあと再び錠剤を取り出して噛み砕き、今度は「Down座れ。」怪物の膝が曲がり、意志に関係なく無理矢理座らされたような不思議な座り方で地面に下半身が着いた。そして最後に冴木が口を開きかけたその瞬間、藤堂が勢い良く飛び込んできたと同時に「再殺課に連絡が取れたぞ、すぐに神宮寺課長がこちらに向かってくれるそうだ。」礼を言って冴木に携帯電話を返し、怪物を見つめたあと「…さて、神宮寺課長が来るまではこの怪物を暴れないようにしておくか。」青白い右目を向けて睨み、硬直させると出現した血色の悪い少女…ネメシスがその怪物に触れた瞬間怪物は死んだようになって顎らしき場所から床に崩れ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

secret code ー警察庁刑事局異能班ー 匿名希望 @YAMAOKA563

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ