第50話
スケジュール帳を確認しながら、薄手のブランケットに包まる。
淹れたばかりのホットティーを口に含めば、温もりが体内へ伝わっていく。
今月の生理痛は軽く、あと3日もすれば終わるだろう。
「早く終わらないかな…」
いまはまだ5月だからいいが、夏になったら最悪だ。
ナプキンは蒸れるし、酷いときはかぶれてしまう。
今から憂鬱になっていれば、背後から愛おしい恋人にギュッと抱きしめられる。
「寒いの?」
「ううん…そうじゃなくて…」
首筋にキスを落とされて、彼女が甘えたがっているのだと気づく。
「ごめん今生理だから…」
「そっか…じゃあ終わってからにしよう」
生理中は衛生面はもちろん、互いの体のことを考慮して体は絡ませ合わないようにしていた。
その分、日常生活でさりげない触れ合いを増やすことで、あまり欲求が膨らみすぎないように気を付けている。
仕方がないこととはいえ、やはりエマと触れ合えないのは辛い。
どうか早く終わってくれと、愛来は改めてスケジュール帳と睨めっこしていた。
それから4日後に、ようやく予定通り今月分の生理を終える。
お世話になった生理用ショーツとも、あと1ヶ月はサヨナラだ。
開放感に嬉しくなって、生理のスケジュールを管理するアプリを開く。最近はストレスがないおかげで、予定日通り生理が来ている。
来月も今回と全く同じ日付にくると、カレンダーには予想が記載されていた。
配信部屋の扉が開いて、現れた愛おしい恋人にギュッと抱きつく。
「エマ、お疲れ様」
「楽しかった。けど腰痛いわ」
「座りっぱなしだとしょうがないね…」
「それもあるけど、今生理中だから。早くおわんないかなあ」
こればかりは仕方ない。
女が二人なのだから、男女のカップルよりも行為ができる日数が限られてくる。
愛来が生理を終えても、それと同時にエマの方がスタートしてしまえばどうしようもない。
可愛がられている時も、ただ抱きしめ合いながら寝る夜もどちらも幸せなのだ。
好きな人の隣に居られるだけで幸せであることに変わりはないのに、やはりどうしても欲が込み上げてきてしまう。
愛来とエマは、生理の日が全く被っていない。
1ヶ月のうち、およそ10日間は行為が出来ないのだ。
「……ッ」
しょうがないと分かっているけれど。
やはり好きな人には触れたいし、触れられたい。
どうしたものかと、こっそりとそんなことを考えていた。
通っている大学は、一年生のうちに必修講義として体育を受講させられる。
数ある競技の中から、悩んだ末にひまりと共に少林寺拳法を体育館で習っていた。
あまり汗はかきたくなかったため、黙々と体を動かしていれば先生から文句を言われないという話を聞きつけて選んだのだ。
講義を受け終えて、大学近くのカフェでひまりとお茶をする。
いつもより、彼女はどこかご機嫌な様子だ。
「今度さ、かの…恋人がこっち戻ってくるの」
「そうなの?よかったじゃん」
心底嬉しそうに微笑むひまりの姿はやはり可愛らしい。
普段滅多に愛想を振りまかない分、破壊力抜群だ。
これがいわゆるギャップというものだろう。
「もうずっとこっちいるの?」
「いや、1週間だけ。年内は向こうのお店手伝わなきゃなんだって」
「偉いね…」
「いつもおっとりしてるのにさ、仕事となると手際良くてテキパキしてて、すごい格好良いの」
恋人のことを話すひまりは、本当に幸せそうにしている。
一体この美少女を虜にしている男はどんな人なのかと、好奇心が込み上げてきた。
「ひまりの恋人ってどんな人なの?」
「可愛い」
「可愛い系男子なんだ」
「え……?あ、そうそう」
慌てたように言葉を濁しながら、ひまりが言葉を続けた。
普段冷静な彼女にしては珍しく、取り乱しているように見える。
「うん…可愛い系男子。愛来の彼氏は?」
「えー…人を掌の上で転がすのが上手い…?」
「それ褒めてるの?」
「いつも揶揄われてるからさあ…あ、でも体のラインが綺麗」
「筋肉が付いてるってこと?」
「あの人運動とかしないから。いつも家いるし」
ひまりには、まだ恋人が女性であることは伝えていなかった。
自分をしっかり持っているひまりであれば、そこまで驚かないと分かっているが、言うタイミングを逃してしまったのだ。
いずれはきちんと話すつもりだが、今はまだ早い気がして、誤解を訂正出来ていなかった。
「愛来の彼氏って年上だったよね?たしか社会人って…」
「あ…ざ、在宅ワークしてて」
「なるほど…」
アニメや漫画などの文化に興味がないひまりが、Vtuberという職業を知っているはずがない。
愛来だってエマと出会うまでは、存在すら知らなかったのだ。
のらりくらりと交わしながら、ふと気になった疑問をぶつける。
「恋人とたまにしか会えないじゃん…その、生理になったら出来なくない?」
「ピル飲んでる。生理の日ずらして、被らないようにしてる」
「ひまりって頭良いね…」
「よく言われる」
改めて、彼女の要領の良さを実感させられる。
美人で要領も良く、気取らない性格で、恋人をすっかり虜にしているのだろう。
スマートフォンを開いて、愛来は早速ピルについて調べ始めていた。
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