第48話
久しぶりに再会したエマの母親は、先ほどから嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべている。
お土産として渡された北海道土産をお茶菓子に、四人でテーブルを囲んでいた。
「二人とも久しぶりね。元気?」
「う、うん…」
「いきなり押しかけてごめんね」
「何かあったの…?」
愛来の言葉に、母親が優子と顔を見合わせる。
一瞬間が空いた後、答えたのはエマの母親である優子だった。
「従姉妹同士で一緒に暮らしてるんだから、せっかくだから遊びに来ようと思って」
当たり障りのない言葉に、言いようのない違和感が込み上げる。
母親の娘として18年生きてきたのだから、些細な変化にも気づいてしまう。
愛来やエマと同じように、二人も緊張の色を滲ませているような気がしたのだ。
「本当に?」
ジッと母親の目を見据えれば、逸らさずに受け止めてくれる。
表情を強張らせながら、母親はこちらに対して確信的な言葉を吐いた。
「……ハッキリ聞くわよ。あなたたち、付き合ってるの?」
「どうしてそう思うの…」
「大学、うちからでも通えるでしょう。なのに頑なにエマちゃんと暮らすって…おかしいじゃない」
「それは…」
「卒業式のその日に、家族でご飯も食べずにエマちゃんのお家に行って…」
従姉妹としても友人としても。
側から見た愛来の行動は、どうみても恋人に対するものだと母親が言葉を続ける。
どう答えれば良いのか、言い淀む愛来に見兼ねたようにエマが助け舟を出してくれた。
「そんなわけないよ。ただ従姉妹として仲良いだけだから」
どうして、嘘をつかないといけないのだろう。
愛来はもう高校生じゃなくて、子供でもない。
彼女の隣で堂々としていられる権利を待ち続けて、ようやく得ることができた。
お互いひたすらに我慢をして、得られた関係。
悪いことだって何もしていないのに、どうして隠さなきゃいけないのか。
脳裏に過ったのは、かつてタバコを吸っていたエマの姿だ。
「ちがう」
力強く、その言葉を彼女たちに伝える。
否定される恐怖に堪えて、しっかりと言葉を噛み締めながら伝えた。
「エマと付き合ってる」
驚くように、母親の目が僅かに見開く。
対照的に、エマの母親である優子はあまり顔色を変えなかった。
「……告白したのは私から。けど、高校卒業してから付き合う約束だったから、付き合い始めたのはつい最近だよ」
「……なんで言わないの」
「…まだタイミングじゃないと思った。それにエマは挨拶しようって言ってたのに…私が嫌がったの」
隣に座っている、エマの手をギュッと握り締める。
彼女にこの関係を後ろめたく思ってほしくなかった。
辛い恋をして、散々傷ついて。
好きな人から秘密の恋を強いられ続けてきたこの子に、同じ思いをさせたくない。
彼女への思いを自覚してから、何があっても愛来がエマを守ると決めているのだ。
「……ちゃんと挨拶してから同棲するべきだったから、それに関しては悪いと思うけど…。でも、エマと付き合ってることは誇りに思ってる。私は本当にエマが好きなの……エマが傷つくようなこと言ったら許さないから」
噛み付くような愛来の言葉を聞いて、優子がおかしそうに笑い出す。
この場にいる全員が、戸惑ったように彼女を見つめていた。
「…優子、なんで笑ってるの」
「…話通りだなって思って」
しっくりくるように優子が笑みを浮かべている。
怒りも嫌悪感もない、いつも通りの優しい微笑みだった。
「…エマがね、この前会った時に…愛来ちゃんはポメラニアンみたいって言ってたの思い出して」
「ポメラニアンって…」
チラリとエマをの方を見やれば、パッと顔を逸らされる。
「なんか分かるなあって…エマを守ろうと必死に庇って…可愛いのに勇敢に立ち向かう姿がそっくり」
「優子おばちゃん…」
「…愛来ちゃんももう大学生なんだから、お姉ちゃんだってとやかく言うつもりはないんでしょう?」
力強く、母親が頷いて見せる。
緊張の糸が切れたのか、いつも通りリラックスした様子で紅茶を飲み始めた。
「付き合ってるなら、挨拶するのがけじめでしょう」
「ママ…」
「今度うちにきて、ちゃんとパパにも挨拶しなさい…愛来にも、エマちゃんにも会いたがってたから」
「…わかった」
逃げずに正面から向き合えば、ちゃんと受け止めてもらえた。
この関係を誇りに思ってそれを真摯に伝えれば、大切な人からも受け入れてもらえた。
本当は、ずっと怖かったのだ。
母親や父親から否定をされたらどうしようと、心の片隅ではそんなことを考えていた。
僅かに自分の手が震えていて、改めて緊張していたことに気づく。
情けなく震える愛来の手を、愛おしい恋人はずっと優しく握り込んでくれていた。
わざわざ北海道から出てきたため、優子はこれから愛来の母親と共に観光へ繰り出すそうだ。
久しぶりの姉妹旅行だと、楽しげにマンションを出て行く二人の背中を見送る。
エレベーターで部屋まで戻る途中、ポツリとエマがこちらに声を掛けてきた。
「……愛来って格好いいね」
「なにが」
「…二人が来て、どうやって隠そうって…そればっかり考えてたのに。愛来はちゃんと二人と向き合って…」
大人なエマは愛来よりもたくさんの事を考えている。
今回は家族が受け入れてくれたから丸く収まったが、本来はもう少し慎重に打ち明けなければいけなかったのだ。
大好きな細くて長い指に、自身の指を絡ませる。
「……私はポメラニアンなんでしょ?」
困ったように、エマが頬をかいた。
最近はポメラニアンだと例えられても、すんなりと受け入れられる。
寧ろエマを守る忠犬にだったらいくらでもなってやろうと思うのだ。
「どんな相手だろうとキャンキャン吠えて、エマのこと守ってあげるんだから」
エレベーターの中にも関わらず、ギュッと体を抱き寄せられる。
「…本当、可愛いのに格好いい」
そう言われて、得意げに笑みを浮かべて見せる。
大切な人を守れた喜びで、いつもより気が大きくなっているのかもしれない。
エレベーターの中にも関わらず、軽く背伸びをしてキスをする。
唇から伝わる温もりが、堪らなく好きだと思うのだ。
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