第47話


 本来であれば有名人がライブや演奏会を行う会場に、同い年くらいの男女がスーツを着て集まっていた。


 席に腰を掛けながら、学科長の話に欠伸が込み上げる。

 慣れないリクルーツスーツは、どこか落ち着かない。


 「あの子可愛くね?」

 「うわ、マジだ…何科だろう」


 耳に届いてきた声を気にせずに、真っ直ぐに前を見据える。

 まだ愛来のことを話していると確信したわけではない。


 新しい環境に入るたびに、チラチラと視線を感じるのは慣れっこだった。


 「ねえ、名前なに?連絡先教えてよ」

  

 式典が終わるのと同時に隣の席の男子に声を掛けられるが、何も答えずに席を離れる。


 黒いパンプスをコツコツと鳴らしながら歩いていれば、途中でサークル勧誘のビラを何枚も差し出されたが、全て無視していた。


 サークルに入るつもりは最初からまったくない。

 自分でも協調性がないと分かっているが、その時間をアルバイトかエマとのデートに充てたかった。


 事前に言われていた通り、会場から少し離れた道端に彼女の車を見つける。

 窓をトントンとノックしてから、助手席に乗り込んだ。


 「お疲れ」

 「出席しただけだから」

 「可愛いね。似合ってる」


 可愛いなんて言葉、散々言われてきた。

 容姿を褒められるたびに、心は冷え切ってきたというのに、エマから貰った言葉だと思うと胸をときめかせてしまう。


 いまは、その言葉が嬉しくて仕方ない

 好きな人に言われるだけで、同じ言葉でもこんなに意味が違ってくるのだ。


 「…けど、リクルートスーツってエッチだよね」

 「変態」


 初めて体を絡ませて以来、エマはすっかり普段の調子に戻っている。

 何かが吹っ切れたのか、以前のように少し強引で、隙さえあればこちらを揶揄ってくる。


 恋は盲目とはよく言ったもので、そんな彼女すら纏めて愛おしく感じてしまうのだ。


 「…サークル入らないの」

 「エマと一緒にいたい」

 「…家でも一緒にいるんだから。大学の友達作るのも悪いものじゃないよ」


 エマの言葉が正しいことは分かっていたが、それでも首を横に振ってしまっていた。


 一年半も離れていた分、その隙間を埋めようと必死なのかもしれない。


 「…けど、興味ない」


 窓の外に視線を移せば、同じくリクルートスーツを着た生徒たちの姿が視界に入る。


 エマもチラリと外を一瞥した後、思い出したように言葉を続けた。


 「そういえば、お母さんは入学式来てたの?」

 「うん、でもエマと帰るって言ったら仲良過ぎないって言われちゃった」

 「関係、勘付かれたりしてない?」


 丁度車が発進する中で、何て答えれば良いのか思考を張り巡らせていた。


 血が繋がっていないとは言え、愛来とエマは従姉妹でおまけに女性同士。


 この関係を後ろめたくないのに、いが彼らに問い詰められた時、愛来は何と答えれば良いのだろう。


 「……一度、ちゃんと挨拶しに行こうか」

 「でも…ママたち驚くかもだし」

 「そっか…」


 これではまるで、エマとの関係を隠そうとしているようだ。

 彼女のことが大好きで、大切にしてあげたいのに。


 大好きなエマとの関係を誤魔化して、まるで後ろめたく思っているようだ。


 そんな自分に対して、嫌悪感が込み上げてしまいそうだった。




 

 少しずつ行為に慣れてきたとは言え、まだまだ彼女のペースについていくのがやっとだ。


 昨晩の行為の名残りを残すベッドの上で、鳴り響くインターホンの音でそっと目を覚ます。


 ベッドに散乱していたルームウェアを着込んだ後、愛来の睡眠を妨げた原因であるインターンの前に立った。

  

 モニターに映し出される光景に、衝撃から目を見開く。


 「え…?」


 一階エントランスのモニターからこちらを見つめているのは愛来の母親と、エマの母親だった。


 慌ててベッドルームに駆け込んでから、彼女の体を揺する。


 「ちょ、ちょっとエマ…」

 「なに…」

 「ママ来てる…優子おばちゃんも」

 「はあ!?」


 部屋着を着替えながら、エマが慌てたようにインターホンまで足を進める。


 モニターに映し出される二人を見て、頬を引き攣らせていた。


 「ど、どうしているの…!?」

 「知らない…ていうか、お母さん来るとか聞いてない…」


 再びチャイムを押されて、観念したようにエマが大きくため息を吐いた。


 「……迎えに行ってくる…」


 部屋を出て行く彼女の背中を見送ってから、顔を青ざめさせながらソファに座り込む。


 どうして、彼女たちがここに来たのか。

 隠し事をしているからこそ、やましい気持ちに包み込まれてしまう。


 関係を勘付かれてしまったのではないかと、込み上げてきた疑念を掻き消すことが出来ないのだ。

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