第46話
風呂場で体を洗いながら、愛来は相変わらず拗ねたように唇を尖らせていた。
買い物から帰宅して夕飯時まで3時間ほど間が空いたというのに、相変わらずエマはそういう素振りを見せてくれない。
この短期間の間で一体どんな心境の変化があったのか、何も分からないからこそもどかしくて堪らないのだ。
風呂から上がって、昨夜とは違ってあまりお気に入りではない下着を着込む。
どうせ今日もシないのだから、期待するだけ無駄だ。
前髪だって適当に斜めに流してから、リップも無色なものを塗る。
上下ネイビーの無地な下着は、どう見ても普段使いで着るものだ。
「…どうせ触ってくれないもん」
脱衣所を出れば、エマは宇佐美こねことして配信をしているようで、リビングには誰もいない。
「…遅くまでやるんだろうな」
先に愛来の方が寝てしまうだろうから、きっと今日も触ってもらえないのだ。
ベッドルームへ移動して、寝転びながら彼女の配信を眺めていた。
チャットのコメント欄を開けば、案の定宇佐美こねこへの賛美の声が溢れている。
『可愛いです』といったワードを見つけて、愛来もチャットのコメント欄に文字を打ち込み始めた。
「私は可愛がられたいです……と」
当然送る勇気はないため、未送信のまま満足する。
コメント欄を閉じようと指を動かせば、運の悪いことに位置がズレてしまう。
「…ッ」
ポメのお星様というニックネームで、「可愛がられたいです」と送ってしまったのだ。
エマであれば、必ずその意味に気付いてしまう。
サッと顔色を青ざめさせた。
「…どうしよ」
何とか消せないかと試行錯誤するが、やり方がわからない。
しかし、人気者である宇佐美こねこのトーク欄はあっという間に沢山のメッセージが送られていて、愛来の送った言葉は他の人のコメントのおかげで流れていった。
「み、見られてないよね…?」
きっと見られていないはずだと自分を鼓舞する。
布団を被ってそのまま寝てしまおうかと考えていれば、イヤフォン越しに聞こえてくる言葉に目を見開いた。
『じゃあ、今日はここまで〜』
およそ配信時間は40分ほど。
いつもは2時間近く配信しているため、普段に比べればかなり短い。
配信部屋の扉が開く音が聞こえたと思えば、すぐにこちらに向かって足音が近づいてくる。
隠れる間も無くベッドルームの扉が開いて、余裕のないエマが顔を出した。
「愛来…」
「…ッ」
「いいの?」
あのメッセージは、エマの目に止まってしまったのだ。
コクリと首を縦に振れば、唇にキスを落とされる。
下からゆっくりとパジャマのボタンを外されながら、ふとあることを思い出した。
「まって…」
「なんで」
「し、下着脱いでからエッチしたい」
「脱がなきゃ出来ないんだから当たり前でしょ」
「そ、そうじゃなくて…エマに下着見られたくない」
訳がわからないと言ったように、エマが首を傾げている。
昨日触ってもらえなかったことに拗ねた愛来は、今日全く可愛くない下着を付けてしまっていた。
いつもより余裕のないエマは、愛来の言葉を無視して全てのボタンを外して下着を露にしてしまう。
「…見ないでよ…っ」
「別に変じゃないけど」
「やだ…ネイビーの無地とか可愛くないもん…昨日はエッチしなかったから、今日もかなって…油断した」
両手で顔を隠せば、そっと手の甲にキスを落とされる。
「……愛来、肌白いからネイビーの下着も似合って綺麗だよ」
「そうじゃなくて…エマに喜んでもらいたくて、買った下着もあるのに…」
「じゃあ、次見せて?」
背中に腕を回されて、ホックが外される。
支えのなくなった胸に、彼女の細くて綺麗な指が這わされた。
柔らかいそこを優しく揉みしだかれて、堪らない感覚に襲われる。
「…ンッ」
カリッと突起を指で弾かれてから、そのまま唇を奪われる。
舌を絡ませ合いながら、相変わらず彼女の指は愛来の敏感な箇所を弄っていた。
「ンッ…んっ、ぅ」
チロチロと舌の先端同士をくっつけ合って、体を弄られる感覚。
心地良さにはしたない声を上げていれば、とうとう彼女の手がショーツに掛けられる。
布の上からクロッチ部分を指で擦り上げられて、一際甲高い声を上げた。
すぐには降ろさずに手を差し込まれ、とうとう敏感な箇所に直接触れられる。
エマの手に合わせて、腰をくねらせながら甘い声を漏らす。
彼女から与えられる快感に、愛来は完全に溺れきっていた。
はしたない格好を見られて恥ずかしいはずなのに、それ以上に快感に対しての欲が込み上げる。
もっと、もっと触れて欲しい。
今まで我慢をした分、沢山可愛がって欲しい。
熱にうなされながら、正直に声を上げる。
初めて感じる強い快感。
好きな人との初めての行為はあまりに幸せで、心地良さのあまり気づけば涙を流していた。
広いベッドの上で、二人はギュッと互いの体を抱きしめ合っていた。
下着姿で抱きしめ合っていると、彼女の体温がジンワリと伝わってくる。
行為の余韻に浸っていれば、サラサラと髪を梳いてくれる。
「…可愛かったよ」
「エマだって、その…き、綺麗で…」
つい先程までみっともない姿を散々晒してしまったため、今更ながらに羞恥心が込み上げる。
「…え」
彼女の頬に伝う涙の存在に気づいて、恐る恐る手を伸ばす。
そっと指で拭ってやれば、それ以上彼女の瞳から涙が溢れることはなかった。
たった一筋。彼女が溢した雫は酷く暖かいものだった。
「エマ…?」
「なに」
「泣いてる…」
「あれ……?」
気づいていなかったようで、エマは自身の目元を拭いながら酷く戸惑っている。
「なんで、泣いてるんだろ」
「…わ、私下手だった…?」
「違くて…そっか」
納得したように、エマが言葉を噛み締める。
そこに悲しみの色は微塵も浮かんでいなかった。
「幸せだなって…嬉しいの……好きな子と体重ねて、キスして…一緒に暮らして当たり前のようにデートできるのがこんなに幸せなんだなって…」
「…エマ」
「……ありがとう……愛来のこと好きになって、本当に良かった」
彼女の首筋を、ジッと見つめる。
愛来が付けたキスマークが刻まれていて、それが愛おしくて、同時に今までの彼女の人生を思い出して苦しくなる。
彼女が抱え続けた罪も含めて、全て包み込みたい。
遠い将来、いつか思い出した時に「あんなこともあったね」と笑ってしまうくらい、傷を癒してあげたかった。
「大好き」
子供っぽい言い方をすれば、再び頭を撫でられる。
初めて恋人と体を重ねられて、身も心も幸せで堪らないのだ。
エマがあまりにも綺麗に泣くから、愛来もジワジワと涙が込み上げてくる。
幸せで流す涙は、今まで感じたことがないくらい幸福に満ち溢れていた。
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