第43話
スマートフォンの画面に表示されるランジェリーを、エマは先ほどから無心に眺めていた。
ランジェリーモデルを務めているのはお気に入りだったアダルトビデオの女優で、以前はよくお世話になっていた。
セフレの中には特殊な性癖を持つ女の子もいて、アダルトビデオを見ながら行為をしたがったのだ。
そのおかげで、エマは同世代の女性に比べたらそういったビデオに詳しい自信がある。
きっと純粋な愛来は、時間停止物やマジックミラー号なんて言葉すら知らないのだろう。
清楚なあの子にどの下着を着せようかと、何とも変態的な思考で通販サイトを眺めていた。
「これ似合いそう…」
特に目を引いたのは、透け感のある黒色のランジェリーだ。
ショーツはティーバックになっていて、大切な箇所は殆ど覆い隠せていない。
もう一つは可愛さを重視したランジェリーで、こちらの方が愛来も着やすいかもしれない。
最初は可愛らしいものから勧めていって、徐々に際どい下着を勧めていこう。
「絶対可愛んだろうな…」
顔はもちろん、スタイルだっていいあの子のことだ。
この宣伝モデルでよりも、よっぽど可愛く着こなしてしまうだろう。
前温泉の時に気づいた事だが、愛来はエマの体にかなり興味があるようだった。
温泉の時はもちろん、下着姿で寝転んでいた時も彼女からの熱い視線を体に感じていた。
お揃いで着ようと誘えば、エマの下着姿見たさに意外と着用してくれるかもしれない。
目を閉じて、ランジェリーを着て欲しいと言った時の愛来を想像する。
恥ずかしがって、体を必死に隠そうとしながら『これ着てほしいって…馬鹿じゃないの』といつも通りツンデレのセリフを吐くのだろうか。
それとも意外とノリノリに『へ、変じゃない…?可愛がってくれる…?』と不安そうに上目遣いで甘えてくれるだろうか。
「全部買おうかな…」
やましい考えに欲が膨らみ、どんどんランジェリーをカートへ入れていく。
途中で10万円を越えて、何とか理性を取り戻す。
このままだとお店が開けてしまいそうなくらい買い漁ってしまいそうで、落ち着こうと一度サイトを閉じた。
「…最近見てないや」
以前は良く見ていた、アダルトビデオの見放題サービス。
月額制でお気に入りの女優の動画はかかさず見ていたというのに、最近は更新されても未視聴なままだ。
「解約するか…」
愛来以外の女の子を見ても、何とも思わない。
解約手続きのガイドに沿って操作をしたら、あっという間に完了してしまう。
スマートフォンを辺りに放って、何故か笑みが溢れていた。
「…まさかこんな日が来るなんて」
あれほど抱けるなら誰でも良いと思っていたのに。
人の体温に触れられるなら、誰だって構わないと思っていたのに。
今は愛来以外で欲が込み上げて来ない。
あれほど依存していたタバコだって、吸わなくても平気になった。
愛来のおかげで、エマはもう一度前を向けた。
人を信じたいと思うようになった。
裏切られることが怖くても、目の前にある幸せを掴みたいと願えるようになったのだ。
あれほど臆病に人と向き合うことから避けていたエマが、特別な存在を作りたいと思えたのは全て愛来のおかげ。
彼女が側にさえいれば、エマはこの先どんなことがあっても前を向き続けられるような気がしてしまうのだ。
カフェへ入る前に、キュッとマフラーを結び直す。スマートフォンのインカメラで自身の姿を確認した後、入り口の扉を開いた。
辺りをキョロキョロと見合わせば、一足先にコーヒーを飲んでいるエマの姿を見つける。
「エマ」
エマと離れ離れに暮らすようになって、およそ1年3ヶ月が経過した。
当時は永遠にも思えてしまう程、長い別れのように感じていたのに、気づけばあっという間に時は過ぎ去ったのだ。
受験勉強に励む日々はかなり精神的に来たが、それももうすぐ終わりを迎える。
明日は第一志望の受験当日。
緊張しているが、それよりもリラックスしている自分がいた。
「……緊張で死にそう」
「なんで私よりエマが緊張してるの」
彼女の顔を見るだけで、俄然やる気がみなぎってくる。
自分のためは勿論、エマとの約束を叶えるために、120%の力を出し切れる自信があった。
「リラックスするんだよ?今まで通りやれば大丈夫だから…」
「…自信しかないよ。それに」
チラリと周囲を確認した後、彼女の耳元に口を近づける。
内緒話をするような小さな声で囁いた。
「……もうすぐだね。一年半近く頑張ったんだから、ご褒美ちょうだいね」
「もちろん。エロい下着沢山買ったから」
「最低…何で私のサイズ知ってるの」
「一緒に暮らしてる時に、洗濯物で」
エマの言葉に、自然と笑みが溢れる。
軽蔑の色はない、喜びを滲ませた笑みだ。
「…変態」
「愛来だって人のこと言えないでしょ?」
「変態にしたのはエマだもん……約束、忘れてないよね」
「付き合ったら毎日キスする約束?」
「そ、そこまで言ってない…」
勝手に約束を付け足されて抗議すれば、エマが嬉しそうな顔をする。
相変わらず彼女のペースに飲まれてばかりだけど、エマが笑っていると揶揄われても許したくなってしまうのだ。
「いつも通り、ね」
その言葉に、力強く頷く。
本当は1日でも早くエマと一つになりたくて。
にんじんをぶら下げた馬のような状態で、ここまで突っ走って来た。
エマと共に暮らせるまで、あと数ヶ月。
せっかくだからキスもしたい所だけど、人目のあるカフェなため欲を抑え込んだ。
早く、早く時が過ぎて欲しい。
身も心も、本当は我慢の限界なのだ。
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