第42話


 クリスマス当日にも関わらず、愛来は夜遅くまで学校に残っていた。

 今日は学校の終業式で、おまけに冬季講習もあったせいで18時まで勉強をさせられていたのだ。


 本来であれば、2人で都内のクリスマスマーケットへ行く予定だったというのに、すべておじゃんだ。


 仕方ないとは分かっているが、好きな人と過ごす予定のクリスマスがダメになって、すんなりと受け入れられるほど物分かりは良くない。


 唇を尖らせながらローファーに履き替えて、学校の門を出た時だった。


 そばに止まっていた車の運転席から声を掛けられて、驚いて視線を寄越す。


 「お姉さんひとり?」


 まるでナンパ師のようなセリフを吐いたのは、聞きたくて仕方なかった彼女だった。


 愛おしさを込み上げさせながら、窓に顔を近づける。


 「なにして…」

 「せっかくのクリスマスだから、少しくらい一緒に過ごしたいなって」


 助手席に乗り込めば、車内にはジャズの音楽が掛かっていた。

 

 2人きりの空間。

 車内の窓から、イルミネーションが煌めいている景色が見える。


 並木道いっぱいに飾られたそれを、ジッと眺める。

 街に溢れるカップルは、皆幸せそうに笑みを浮かべている。


 しかし車はイルミネーションを通り過ぎて、人気の少ない道を進んでいく。


 「…どこ行くの?」

 「夜景でも見ようよ。本当はどこかに食べに行こうか悩んだんだけど、あんまり遅くならないほうがいいでしょ」


 まだ高校生の愛来が制服姿で街を徘徊するには、あまり時間は残されていない。


 冬季講習が長引いてしまったせいで、時刻は既に夕飯時を迎えているのだ。


 「車買ったの?」

 「マネージャーに借りた。けど合ったほうが便利だし、買おうかな…」


 丁度赤信号で車が止まって、キュッと手を握られる。


 「そしたら、どこだっていけるね」


 嬉しそうに微笑むエマから、あの香水の香りがする。

 お揃いで購入した、有名ブランドの新作香水。


 愛来も休みの日は頻繁に愛用していて、あの香りを嗅ぐたびにエマのことを思い出すのだ。


 「香水付けてるんだ」

 「もちろん」

 「私も毎日付けられたらいいのに…学校さ、香水には厳しいんだよね」


 化粧やヘアアレンジには寛容なくせに、香水やネイルには口煩いのだ。


 愚痴をこぼせば、諭すような言葉を掛けられる。


 「大人になれば香水くらい誰にも怒られないよ。理不尽な理由で怒られるのは、守ってもらえる僅かな間だけだから」

 「…早く大人になりたい」

 「…うん」


 30分ほど車に揺られて到着したのは、夜の景色が一望できる展望台だった。


 チケットを購入した後、エレベーターに乗って最上階まで上がる。


 一面ガラス張りの最上階からは、キラキラと煌めく夜の景色がよく見える。


 都心からは離れているせいか、あまり人はいない。


 2人きりになりたくて、あまり景色が良くない箇所で足を止めていた。


 「……綺麗だね」

 「喜んでもらいたくて調べまくったからね」


 髪を梳いてくれる彼女の手つきが、堪らなく好きだ。

 何も言わずに、エマの手を握り込む。

 

 恋人として、手を繋げる幸せを噛み締めていた。


 「そういえば、先月実家帰ったよ」

 「え…」

 「何年ぶりだろ。桃とかすごい大きくなっててさ」

 「……うん」

 「愛来のおかげだよ」


 ふわりと香ってくる香水の匂い。

 罪悪感を抱えてがんじからめになっていたエマが、一歩踏み出せた。


 罪を受け入れて苦しみ続けた彼女は、ようやく本当の意味で解放されたのかもしれない。


 「…絶対現役で合格するから」


 傷ついてボロボロになったエマが、もう2度と傷つかないように。

 悪い人から傷を与えられないように、愛来がエマを守ってあげたい。


 苦しんでいた姿を知っているからこそ、彼女にはこの先笑顔の絶えない人生を送って欲しかった。


 辺りを見渡して人がいないことを確認した後、そっと背伸びをする。


 「んッ…」


 触れるだけのキスをして、リップ音をさせながらすぐに離れる。

 公共の場でキスなんて、クリスマスでなければ絶対にしない。


 恋人と過ごすクリスマスに、思いの外舞い上がってしまっていたのかもしれない。


 「…口紅ついちゃってるよ、愛来」


 彼女が塗っていた濃いめの赤リップは、愛来の唇に移ってしまったらしい。


 優しい手つきで拭われながら、どこか勿体無いような気がしてしまう。

 エマとのキスの名残りを、少しでも残して置きたいと思ってしまうのだ。


 はやく、早く時間が過ぎればいい。


 そしてこれからの人生を、ずっとエマと一緒に送っていきたいのだ。





 勉強を棍詰めすぎたせいで、シャープペンシルを持っていた右手が僅かに痛む。


 大晦日にも関わらず、愛来は勉強に集中するため近くのファストフード店にやって来ていた。


 同じ場所ばかりで勉強していると飽きてしまいそうで、気分転換にわざわざ足を運んだのだ。


 息抜きで動画配信サイトを開けば、丁度宇佐美こねこの生放送配信中。


 「あ…」


 クリックすれば、普段よりも声色の高いエマの言葉がイヤフォン越しに聞こえてくる。


 クリスマスにしたキスを思い出して、キュンと胸が鳴る。

 

 キスしかしてもらえなかったけど、体はその先を求めていた。


 「……はあ」


 エマに出会う前の愛来は、こんな女の子じゃなかった。

 体を触ってほしいと願ってしまうような、エッチな女の子じゃなかったのに。


 これも全てエマのせい。

 彼女のおかげで、愛来は色んなことを知った。


 夜に彼女から触れられる快感を思い出しても、1人でせずに我慢をしていた。


 高校を卒業したときの楽しみとして、エマに触れられる日々を夢見ている。


 きっと久しぶりに触れられたとき、愛来は心地良さでエマに溺れてしまうだろう。

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