第41話


 生まれ育った実家に戻ってきて早1週間。

 料理は何もせずとも勝手に出てきて、洗濯や掃除も母親がしてくれる。

 

 快適なはずなのに、エマが側にいないせいで寂しくて仕方ないのだ。

 

 ゴロンとベッドに横たわりながら、彼女のことを思い出す。


 ベッドもエマの部屋のものと比べれば小さくて、きっと彼女と二人で寝転ぶ事だって出来ないだろう。


 「エマ……」


 最後の日に掛けた言葉は「いってきます」だった。


 またあの場所に帰るまでは、エマの部屋には戻らない約束で部屋を出た。


 そうしないと愛おしくて仕方なくなる。

 好きなあの子にしがみついて、実家に帰りたくないと言って彼女を困らせてしまうだろう。


 喉が渇いて、べッドから起き上がりリビングへ向かう。


 キッチンでカップケーキを作っていた母親は、束の間の父親との生活を満喫したようだった。


 「パパ、治ってよかったね」

 「本当よ。愛来はエマちゃんとの生活楽しかった?」

 「…うん、めちゃくちゃ」


 楽し過ぎて、好きすぎて離れたくなかったのが本音だ。


 冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して、飲みながら再び自室へ戻る。

 勉強机に向き合って、参考書をパラリと捲った。


 「よし…!」


 毎日一緒にいたせいで、離れ離れの生活が寂しくて仕方ないからこそ、今は勉強をしなければいけない。


 ちゃんと勉強をして、現役で志望大学に入学して。

 高校を卒業した大人の姿で、エマの元へ帰るのだ。


 勉強に集中しながら、机の上に飾っていた写真立てに視線をやる。


 温泉へ行った時に撮影した、エマと愛来のツーショット写真がそこには飾られているのだ。

 

 「エマ……」


 愛おしい笑顔に癒されながら、今何をしているのだろうかと気になってしまう。


 友達と遊んでいるのか。

 今日の夜ご飯は何を食べたのか。


 知りたい事が沢山あって連絡を取りたい所だが、昨日散々長電話をしたばかりなため、今日は受験勉強をする約束なのだ。


 離れていてもこんなにエマのことばかり考えている愛来に対して、あの子はどうなのだろう。


 意外と愛来のことなど気にせずに、楽しく日々を送っているのだろうか。

 

 そんな姿を想像して、つい唇を尖らせてしまう。

 どんどん愛来の知らないエマが増えていきそうで、内心寂しくて堪らないのだ。






 対して興味のない恋愛ドラマを、お酒を飲みながら眺める。

 昨年流行った海外のもので、集中出来ずにすぐに動画を止めてしまっていた。


 所詮、愛来がいなくなった寂しさを紛らわすために付けたドラマだったため、最初からどうでも良かったのだ。


 あの子がいなくなった部屋は、以前よりも広く感じてしまう。

 今までずっと、この家に1人で暮らしていたというのに。


 「…愛来今何してるんだろう」


 愛来がこの部屋を去って1週間。


 カレンダーを見れば季節は11月後半で、愛来が高校を卒業するまでおよそ一年半ある。


 「長い……」


 チラリと時計を見る。

 時刻は夜の21時。おそらくまだ寝ていないだろうから、電話をしたいのがエマの本心。


 しかし、真面目なあの子は昨晩長電話をしてしまった代わりに、今日は受験勉強に励むと言っていた。


 「本当真面目…まあそこも可愛いんだけど」


 トークアプリを開いて、愛来とのトーク画面をクリックする。

 昨日電話をしてからメッセージのやり取りはしていないため、完全に話題は途切れた状態。


 「…何してるのかな」


 勉強中だろうけど、少しは連絡したらダメだろうか。

 大人ぶっているけれど、エマはまだまだ子供だ。


 本当に愛来のことを想っているのであれば、彼女のために我慢をしなくてはいけない。


 連絡に夢中なあまり勉強を疎かにしてしまえば、真面目なあの子はきっと自分を責める。


 「…愛来に触りたい」


 温泉へ行ったときに触れた肌の感触を思い出して、頭を抱えてしまう。


 必死に大人ぶって物事の分別が付くフリをしたけれど、内心は煩悩に溢れている。


 隙さえあれば愛来に触れることを考えて、彼女に喜んで貰いたくて頻繁にコンビニでお菓子を買って来ていた。


 あの日温泉で触れた日も、理性を失う寸前だったのだ。


 「……格好悪いなあ」


 あれだけ愛来を子供扱いしたくせに、人のことを言えない。


 ふと、自分がひどく幸せな気持ちに包まれていることに気づいた。


 こんな風に楽しい恋をしたのは初めてだ。

 胸をキュンと高鳴らせるような、甘酸っぱい恋。


 好きな人が自分のことを同じように好きでいてくれて、一番に考えてくれる。


 こんなに幸せなことがあるのだろうかと、幸せすぎて怖くなってしまう。


 大切な愛来と、1秒でも早く一つになりたかった。


 「キスしたいな…」


 最低だと分かっているが、こんなにも恋しくて仕方なくなるなら、あの場で奪ってしまいたかったと時々考えてしまう。


 温泉にて、下着姿で無防備に愛来は眠っていたが、当然エマは興奮と緊張からその晩一睡もする事が出来なかった。


 エマは大人だから手を出してこないと、信用してスヤスヤと眠りについていたのだ。


 「…早く一年経ってよ」


 離れているあの子に、思いを馳せる。

 再会したら、愛来をデロデロに甘やかして、砂糖菓子のように甘い想いをぶつけてやるのだ。


 気持ちいいからもうやめてと言っても、激しく愛来を責め立てる。


 何度もその妄想をしているけれど、きっとあの子の泣き顔を見れば、エマは簡単に手を止めて彼女のご機嫌を伺ってしまうのだ。

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