第39話
学校の休み時間に、スマートフォンの画面をジッと見つめていた。
最近インストールしたスケジュールの管理アプリ。
本来は記念日までのスケジュールを管理するもので、愛来は一年半後の高校卒業を記念日に設定していた。
高校を卒業するまで残り400日以上あって、ため息を吐きたくなってしまう。
「…長いな」
エマと正式に付き合えるまでの期間は、高校生の愛来にとっては酷く長く感じてしまう。
高校を卒業するまで、二人は体を重ね合うことができない。
誠実といえばそうだが、年頃な愛来からすればその真面目さがもどかしい。
「……はあ」
早く月日が過ぎればいいのに。
愛来だってエマに触れたいし、彼女から可愛がって貰いたいのだ。
机に突っ伏していれば、スマートフォンが着信を告げる。
周囲は休み時間のため騒がしかったが、母親相手ならばいいかと、移動せずに電話に出た。
「もしもし?」
『愛来?お父さんの怪我ね、順調に治ってきてるの。2週間後くらいにはそっちに戻れそうだから』
一瞬何を言っているのか理解ができず、思考が停止してしまう。
早く月日が過ぎれば良いと思っていたけれど、愛来はあることを忘れていた。
二人の同棲生活は僅か3ヶ月ほどの期限付き。
早く時が過ぎれば良いと思えば思うほど、同棲生活の終わりが早く訪れてしまうのだ。
『聞いてる?愛来』
「うん……」
一言二言会話のやり取りをしてから、そのまま電話を切る。
画面が真っ暗になったスマートフォンをポケットに閉まってから、再び机に突っ伏した。
チラリと周囲を見渡せば、愛来と同じセーラー服を着た女子生徒と、学ランを着た男子生徒たち。
同じ机が綺麗に並んでいて、黒板には先程の授業の板書が残されたままだ。
先ほどまで、この空間が早く過ぎ去ってしまえばいいと考えていたというのに。
時が過ぎる事で、彼女との同棲生活が終わりを迎えてしまうことが寂しくて仕方ないのだ。
「愛来どうした」
友達に声を掛けられるが、笑顔を繕う事が出来ない。
「……時止めたい」
「はあ?」
「タイムスリップもしたい…」
脈絡のない愛来の言葉に、友達が首を傾げる。
自分でも我儘を言っていると分かっている。
それでもエマと体を重ね合えない状況も、同棲が解消されてしまうことも、どちらも自分の思い通りにしたいと考えてしまうのだ。
配信部屋から出てきた彼女の前に立って、力強く体を抱きしめる。
この生活も後少しなのだと思うと、名残惜しさと寂しさで胸が苦しくなるのだ。
突然何も言わずに抱きついてきた愛来の髪を、エマは優しく梳いてくれた。
「…エマ」
「どうした?」
「…2週間後にお母さん戻ってくる」
愛来とは違って、大人な彼女は取り乱さなかった。
「…驚かないの」
「そろそろかなって思ってたから」
「…やだ」
一緒にいるのが当たり前になり過ぎて、今更別々に暮らすだなんて耐えられない。
駄々をこねる子供のように半べそをかけば、エマが軽く屈んで目線を合わせてくれる。
「……来週の土曜日空いてる?」
「うん…」
「同棲生活終える前に、旅行行こうか」
「旅行…?」
「温泉行こうよ」
好きな相手からの喜ばしい誘いを受けても、上手く笑顔を浮かべられない。
ギュッと下唇を噛み締めていれば、困ったようにエマが微笑んだ。
「なんて顔してんの」
「だって…寂しいよ」
「……1年半勉強頑張ったら、沢山ご褒美あげるから」
顎をすくわれて、すぐ側まで顔を近づけられる。
キスをする寸前、エマがポツリと言葉を溢した。
「……私だって、離れたくないんだよ?」
だけど物分かりがいいフリをして、大人な対応をしているのだ。
同じ気持ちだけど、言ってもどうしようもないことを理解しているから、我が儘を飲み込んでいる。
ふわりと唇が触れて、それだけじゃ物足りず愛来の方から舌を絡ませる。
少しでも彼女の熱を覚えていたくて、いつもより感触を味わうように舌を絡ませ合っていた。
一泊二日の旅行なため、2人とも少ない荷物で新幹線に乗り込んでいた。
あっという間に迎えたエマとの温泉旅行。
並んで座席に座りながら、エマは先程からワクワクしながら頬を綻ばせている。
「温泉街散策するの楽しみだな〜旅館のご飯も美味しいんだって」
「予約も全部してくれてありがとね」
「私から誘ったんだから気にしないで?それで、ここの喫茶店のチーズケーキが美味しいらしくて…」
スマートフォンにお店のURLが送られてきて、すぐさまクリックする。
レトロな雰囲気な喫茶店で、メニューページを覗けばナポリタンとチーズケーキがオススメと書かれていた。
好きな人との初めての旅行はとても楽しみだというのに、1週間後に控えた同棲解消日を考えると、少しどんよりした気持ちになってしまうのだ。
新幹線から電車に乗り継いで、15時ごろにようやく宿泊予定の旅館に到着する。
昔ながらの雰囲気を纏っているが、掃除が行き届いているのか外観はとても綺麗だった。
「お、大きい…」
「出世払いで良いから」と今回の旅費は全てエマが払ってくれているが、間違いなく高級旅館と分類される宿だろう。
「こ、ここ高いんじゃ…」
「あー……ほら、私事務所に所属してるかさ。社割効いたんだよね」
「Vtuberの事務所って社割あるの?」
「あるある。だから愛来は気にしないで」
真偽は定かではないが、一般人の愛来が確かめる術なんてあるはずがない。
改めてエマにお礼を言って、2人で手を繋ぎながら暖簾を潜った。
すぐに女将さんが出迎えてくれて、部屋に案内される。
少し離れにある部屋で、中は当然和室だ。
襖で区切られているため2部屋あるように見えるが、開いてしまえば一部屋で広く使えるだろう。
夕食や温泉の説明を受けてから、女将さんが部屋を出れば当然エマと2人きりになる。
「浴衣着て、温泉街行こうよ」
タートルネックのニットを、エマが躊躇なく脱ぎ捨てる。
中にキャミソールを着ているとはいえ、背徳感から咄嗟に目を逸らした。
「…意識してるの?」
「好きな人の下着姿だもん…」
「初々しいね」
「……エマと違って、経験ないから」
正直に答えれば、彼女に手を取られる。
そのままエマの胸元に押し付けられて、手のひらからドキドキとした心音が伝わってきた。
「私だって、好きな人と旅行に行くのなんて初めてだよ」
堪らなく愛おしさが込み上げてきて、ギュッと彼女を抱きしめる。
キャミソール姿なため、普段隠れている二の腕の柔らかさが直接肌に伝わった。
透き通るように白くて綺麗。
改めて、エマと共に幸せになりたいと思ってしまう。
「愛来……ここ、部屋に露天風呂付いてるんだよ」
「……ッ」
「あとで入ろうね」
抱きしめあっているため、きっと早くなった愛来の心音に彼女は気づいている。
耳元で囁かれた言葉に、グッと羞恥心を堪えながら首を縦に振った。
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