第37話


 珍しく眠っている途中に目が覚めて、小さく欠伸を噛み殺す。

 チラリと隣を見れば、そこにエマの姿はない。


 まだ配信途中なのだろうかとスマートフォンで動画配信サイトを開けば、1時間は前に配信を終了しているようだった。


 時刻は既に夜中の1時を回っていて、不思議に思ってベッドを出る。


 リビングへ向かえば、ソファで眠りに付いているエマの姿があった。


 「エマ……」


 辺りにはお酒の缶が幾つか置かれていて、手にしてみれば全て空っぽだ。


 寝酒なんて珍しいと思いながら、軽く体を揺する。


 「風邪引くよ」

 「んん…」


 長時間の配信活動に疲れているのか、小さく呻くばかりで目を覚さない。


 お酒を飲んでいることもあって、深い眠りについているのかもしれない。


 「…起きないの?」

 「んー…」

 「起きなきゃキスするよ」


 返事がないのを良いことに、ソファに手をついて彼女の体に跨る。


 覆い被さっている状況に胸をドキドキさせながら、そっと触れるだけのキスを落とした。


 すぐに体制を直そうとすれば、突然腕を掴まれる。

 

 「え…」

 「愛来……」


 体を反転させられて、気づけば愛来の方がエマに押し倒されている。


 ソファに背中を預けながら、呆然と虚な目をしたエマを見つめていた。


 「愛来さぁ…いい加減にしてよね」


 かなり酔いが深いのか、呂律が回っていない。 

 首まで赤くさせた彼女は、舌ったらずに言葉を続けた。


 「…こっちがどんだけ我慢してると思ってんの」

 「エマ…?」

 「可愛すぎるの」


 強引に口付けられたキスは、彼女にしては珍しく歯が当たっていた。


 疎い痛みに顔をしかめれば、エマはしてやったりと言ったように笑みを浮かべている。


 「あー…可愛い。死ぬほど可愛い」


 好きな人からの可愛いと言う言葉に、ジワジワと頬が赤らみ始める。


 しかし続いてエマが溢した言葉に、愛来は頬どころか全身を赤く染め上げてしまいそうだった。


 「頭の中で何回も愛来のこと可愛がってさぁ…気持ちいいからやめてって泣いてもイかせまくる妄想何回したことか…」


 頬に手を添えられて、信じられない気持ちで彼女をジッと見つめる。


 「…隣で寝るのも辛いんだからね。生殺しだよ本当に…」

 「そ、それがエマの本音…?」

 「は?」

 「今の、嘘じゃない?本当?」

 「本当に決まってるじゃん…キスだって我慢してるのに、ちゅーしてって強請ってさあ…ほんっとうに可愛い…」


 ドキドキと心臓の音がどんどんうるさくなっていく。


 可愛いと思われていて、同じようにエマも愛来と体を絡ませたいと願ってくれていた。


 「高校生に手出すのはまずいって…どれだけこっちが我慢してるか…」

 「エマは、私のことどう思ってる…?」


 愛来の言葉には答えずに、エマは充電が切れてしまったかのようにパタリと倒れ込んでくる。


 同じ重さくらいの女性に覆い被されているというのに、幸せで仕方ない。


 スヤスヤと寝息を立て始めたエマの背中に、そっと腕を回した。


 決して、エマは愛来のことを何とも思っていなかったわけじゃない。


 可愛いと思われていた。

 性的なことを、愛来と同じように想像してくれていた。


 これはもう、ポジティブに考えても良いのだろうか。


 欲しくて仕方なかった言葉はまだ貰えていないけれど、それに近い言葉はこちらが恥じらってしまうくらい渡してもらった。


 エマを抱きしめながら、瞼を閉じる。

 愛おしさを噛み締めながら、彼女の熱を感じていた。





 やはりベッドに比べればソファは寝心地が悪く、起床と共に背中の痛みを感じていた。

 

 カーテンは閉めずに眠ってしまったため、朝日が室内に差し込んでいる。


 「痛っ…」

 

 小さく声を漏らせば、愛来の上に覆い被さっていたエマが見じろいを始める。


 ジッとブラウンカラーのまつ毛を眺めていれば、彼女の瞳がゆっくりと開いた。


 「は……?」


 すぐそばにある愛来の顔を見て、驚いたように慌てて起き上がっている。

 

 しかし二日酔いのせいで頭が痛むのか、咄嗟にこめかみ辺りを押さえていた。


 「え…私酔ってた…?ま、まさかだけど手出したりしてないよね…?」


 どうやら何も覚えていないようで、彼女の頬は引き攣っていた。


 いつもだったら、首を横に振っていたかもしれない。間違いは何もなかったと正直に伝えていただろう。


 しかし、昨夜のことだけはなかったことにしたくなかった。


 「…さあね」

 「ちょ、愛来」

 「出されたって言ったら責任取ってくれる?」


 上体を起こして顔を近づければ、パッと目を逸らされる。


 「……ねえ、エマ」

 「なに…」

 「こっち向いて」


 無防備な彼女の唇に、自分のものを重ねる。

 呆気に取られているエマに向かって、愛来はニコリと笑みを浮かべながら、ずっと伝えたかった言葉を口にした。


 「好き」

 「は…?」

 「エマが好き」


 彼女が逃げてしまわないように、ギュッと手を握る。


 未だに狼狽えているエマに向かって、更に言葉を続けた。


 「私のことめちゃくちゃにする妄想沢山してるって言ってた」

 「…愛来」

 「……高校卒業したら、付き合って。エマの頭の中でしてる妄想、全部私にシてよ」


 さらに顔を近づければ、エマが困ったように眉間に皺を寄せる。


 「…自分が何言ってるか分かってる?」

 「エマ、モテるでしょ。他の子に取られたくないから予約しとこうかなって」


 唇が触れる寸前まで顔を近づければ、再びソファに押し倒される。

 

 覆い被さって来たエマの表情は、珍しく余裕がない。


 「……っ子供のくせに煽りすぎなの」


 首筋に顔を埋められて、舌でなぞられる。

 柔らかい感触が這う感触に、ゾワゾワともどかしさに襲われた。


 擽ったくて身を捩れば、一点を軽く吸いつかれる。

 所有物のように跡を付けられたのだと理解して、堪らなく愛おしさが込み上げた。


 「こっちがどんだけ変態な妄想してると思ってるの」

 「エマ…」

 「死ぬほど恥ずかしい思いさせてやるから」


 いやらしく微笑む姿が扇情的で、こちらが目を逸らしてしまう。


 あれほどエマに迫っていたというのに、彼女の方から仕掛けられたら恥ずかしくて照れてしまうのだ。


 「……ッい、今じゃないから。高校卒業するまではまだ…」

 「エロいランジェリーは絶対だから。あと、コスプレも」

 「……え?」

 「好きな子が恥ずかしがる姿見るの、好きなの」


 好きな子という言葉を耳にして、幸せから涙が流れそうになる。


 優しく髪を梳いてくれる手つきも、彼女の優しい口付けも。


 エマの全てに心を奪われてしまっている。


 「……覚悟しときなさいよ」


 耳元で囁かれて、ギュッと心を鷲掴みにされてしまう。


 以前だったら変態と罵っていただろうに。

 恥ずかしいところを見るのが好きなんて最低だと、軽蔑していただろうに。


 エマであれば、それでも良いと思ってしまう。

 彼女が喜ぶなら言うことを聞いてしまいそうな気がしてならない。


 エマに可愛がられる未来を想像して、愛来は無意識に太ももを擦り合わせていた。

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