第36話
いつもだったら気まずくて仕方なかった、クラスメイトの女の子とのガールズトーク。
あれほど恋バナに苦手意識を持っていたというのに、今日は愛来の方から話題を振っていた。
「……皆んな、彼氏とその…シたい時なんて言ってる?」
恥を忍んで尋ねれば、恋バナが大好きな友人たちは嬉々として食いついてくる。
「え〜普通にシよ?って言うよ」
「私も。でもベッドの上でイチャイチャしてたらそのまま〜ってパターンが多いかも」
恋人同士であればそれが普通なのだ。
しかし愛来とエマは毎晩同じベッドで寝ているにもかかわらず、一向に関係は発展しない。
やはり愛来に魅力がないのだろうか。
見た目は悪くない自信はあるが、色気がないと言われたことは何度もあるのだ。
ため息を吐きそうになった時、教室内から冷やかすような声が聞こえて眉をひそめた。
「え、なにこれ」
「丸山のカバンの中にあるんだからアイツのでしょ」
「水着姿の女の子の二次元クリアファイルって…」
振り返れば、女子生徒2人組が1人の男子生徒の机を囲っていた。
宇佐美こねこのファンであると話していた男子生徒の机で、どうやらカバンを開けっぱなしにして席を外してしまったらしい。
カバンの中からクリアファイルを引っ張り出されて、気の強い女子生徒のおもちゃにされてしまっている。
「なにこれ、宇佐美こねこだって」
「二次元の絵ってさ、何でこんな胸してるんだろうね。オタクの好みって感じでキモい」
人の私物を勝手に取り出して、好き勝手言っている女子生徒たちに対して無性に腹が立つ。
何より、宇佐美こねこの悪口を言われて、エマを馬鹿にされているような気分になったのだ。
「……人のカバンから勝手に取り出して、キモいっていうのはおかしいでしょ」
「あ、愛来ちゃん…?」
普段、彼女たちは愛来に対して酷く媚を売ってくる。
良い子達かと思っていたが、大人しく言い返してこない男子生徒相手であればこうも豹変してしまうのだ。
なぜ愛来が怒っているかも分からずに、二人組は戸惑っている様子だった。
「そもそも全然キモくないし。人の好きな物にとやかく言うのやめなよ」
大きく舌打ちをすれば、気まずいのか何も言わずに女子生徒たちが足早に教室を後にする。
愛来も自分の席に戻ろうと振り返れば、そこにはこのクリアファイルの持ち主である丸山の姿があった。
彼の友人である明石という男子生徒の姿もある。
「あ……」
「星宮さんありがとう…」
「いや、別に…」
お礼を言われて、どこか照れ臭くなる。
腹が立ったから注意しただけで、別に感謝されたくてやってるわけではないのだ。
仲の良いクラスメイトの元へ戻れば、何故か友人に頭を撫でられる。
「愛来ちょーかっこいいじゃん」
「それな。てか愛来って二次元好きだったの?」
「全然…」
「なのに庇ったんだ。格好良かったよ」
二次元は興味ないが、エマが声を務める宇佐美こねこは応援している。
間接的にエマを馬鹿にされたようで、カッと頭に血が昇ってしまったのだ。
靴箱で履き替えていれば、小さい声で名前を呼ばれて振り返る。
そこにいたのは、今日の昼休み時間に助けた丸山という男子生徒の姿だった。
隣には明石もいて、何かを差し出される。
「星宮さん、さっきはありがとう…」
渡されたのは、宇佐美こねこのキーホルダー。
手のひらくらいのサイズ感で、可愛らしくこねこが微笑んでいる姿のものだ。
「可愛い…」
「良かったら…僕、同じやつ3つあるから」
「ありがとう」
「星宮さんもオタクだったの意外だよ。星宮さんくらい綺麗だったら、推しキャラのコスプレとかも似合うんだろうな、羨ましい」
コスプレなんて生まれてこの方したことがない。
しかしわざわざ否定するのも野暮なような気がして、お礼だけを言って彼らとはその場で別れた。
「コスプレ…か」
エマは漫画やゲームが好きで、愛来が学校へ行っている時はよくアニメを見ていると言っていた。
配信部屋にはフィギュアも幾つかあったため、もしかしたらコスプレにも興味があったりしないだろうか。
「私がコスプレしたら、エマは喜ぶかな…」
可愛いと言ってくれるか。
あわよくば、そこから良い感情を抱いてくれないだろうか。
エマに好きになってもらいたいあまり、最近は隙さえあればそんなことばかり考えてしまっている。
人に好きになってもらうのは難しいなと、思わずため息を吐いてしまっていた。
「なにため息なんか吐いてんの」
「うわあ…て、エマ…」
背後から声を掛けられて、驚いて肩を跳ねさせる。
ちょうど事務所に用があったらしく、彼女も今が帰りだったのだ。
駅で偶然見かけて、慌てて追いかけたのだと教えてくれた。
「…エマはコスプレとかしないの」
「しないよ。カラコン入れられないから」
「そっか…あのさ、好きなコスプレとかある?」
「可愛い女の子がするコスプレなら何でも…?」
やっぱりエマは人たらしだ。
好きなタイプは?と聞かれても、きっと「好きになった子がタイプ」とか「〇〇ちゃんみたいな子」という姿が簡単に想像できる。
こんなに綺麗な女性なのだから、エマにだったら可愛がられたいと、セフレが沢山いた理由も頷けてしまうのだ。
「…なにそれ」
「あ、でもベタなの好きだよ」
「たとえば?」
「メイド服とか、チャイナ。あと警察官も可愛い」
「私が着るなら、どれがいい…?」
「…愛来はそんなの着なくていいよ」
着ても似合わないということか。
愛来が着ても興味がないということか。
唇を尖らせれば、すぐにフォローをしてくれる。
「もう十分可愛いから」
サラリと言われて、耳が赤くなる。
エマは前を見据えているため、こちらの変化になんて気づかない。
バレる前に赤味が引くように、両手で必死に風を扇いでいた。
靴も脱がずに、玄関に入った途端愛来はあるお願いをした。
そっとエマの手を取ってから、自分の中の欲をぶつける。
「……ねえエマ」
「どうしたの」
「…ちゅーしよう?」
大きくため息を吐かれるが、そこまで嫌がっているようには見えない。
愛来がそう思いたいだけなのだろうか。
「したくなったの?」
首を縦に振れば、触れるだけのキスを落とされた。
「…エマのせいだよ」
「え…」
「私が…こんなにエッチな女の子になったの」
元々愛来は何も知らなかった。
体に触れられる快感も、恋心も。
エマと出会って、どんどん欲深い女になった。
だからこそ、最後まで引きずり込まれたいのだ。
もう2度と抜け出せないくらい、エマにどっぷりと浸かってしまいたかった。
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