第34話


 ズキズキとした痛みに、眉間に皺を寄せながら友達から借りたブランケットに包まる。


 朝から感じていた痛みは学校に来ても相変わらずで、友人らが心配そうに暖かいコンポタージュの缶をくれた。


 「大丈夫?保健室行く?」

 「…保健室の先生、生理痛だと追い返すから行かない」

 「あの人女子には厳しいよね」


 友人の言う通り、ベテランの女性養護教諭は生理痛なら余程のことがない限り「戻れ」と追い返すのだ。


 まだ男性教師の方が生理の痛みを感じられない分、無理をするなと労ってくれる。


 真の敵は生理痛が軽く痛みの分からぬ女だと、友人とよく話したものだ。


 もちろん全員がそうではないが「生理痛くらいで?」という考えの女性は一定数いる。

 

 再び腹部がズキンと痛んで、顔を歪める。


 「薬は?」

 「忘れた…」

 「私の飲む?」

 「のむ…」


 いつにも増して、顔色が悪い自信がある。

 

 月に一度の生理。

 痛みはあまり強い方ではないが、なぜか今月は違った。


 季節の変わり目で体調が優れていないことも重なったせいだろうかと考えていれば、ドロっとしたものが排出される感覚に溜息を吐きたくなる。


 「…気持ち悪い」

 「珍しいね。愛来が生理痛重いの」

 「泣きたい…」


 生理痛は人によって全く異なる。

 愛来だってケロッとしている時もあれば、今回のように痛みに苦しむケースもあるのだ。


 心配そうに、友人が背中をさすってくれる。


 今すぐにでも横になりたい衝動に駆られながら、その日何とか最後まで授業を受け終えたのだ。




 帰宅後に、愛来は着替えもせずにベッドに横たわっていた。

 制服がシワになってしまうため、本当はすぐにでもハンガーに掛けないといけないのに、その気力が出ない。


 エマは今日所属事務所に顔を出すと言っていたため、自宅に彼女の姿はなかった。


 「エマ……」


 ズキズキとした痛みに、冷や汗が込み上げてくる。

 体を守るように、横たわりながら身を丸くさせていた。


 必死に痛みを堪えていれば、玄関から扉の開く音が聞こえてくる。


 「ただいまー…愛来?いないの?」


 返事をしようにも、大声を出すのもツラい。

 ベッドに横たわったままでいれば、ベッドルームの扉が開かれる。


 いまにも泣きそうな愛来を見て、焦ったようにこちらに駆け寄って来てくれた。


 「…どうした?」

 「…ズキズキして、痛い…」

 「お腹が?」

 「それと、背中も…」


 優しい手つきで背中をさすってくれる。

 愛来の様子から、全てを察したようだった。


 「生理痛重いの?」

 「今回はいつもより重い…」

 「して欲しいことある?」


 こんな状況だというのに、思い浮かんだのは酷く邪な考えだ。


 隙さえあればエマに触れたいと思っている愛来は、この状況すら利用しようと考えている。


 罪悪感からこぼれ落とした声は、酷く小さかった。

 

 「言ったらなんでもしてくれる…?」

 「私に出来ることなら」


 キュッと、エマの服の裾を掴む。

 愛来の声があまりに小さいせいで、声を拾おうと彼女が顔をこちらに近づけた。


 ふんわりと香る、お揃いの香水の香り。

 その香りに癒されながら、お願いをする。


 「……ら、治るかも」

 「え、ごめんもう一回…」

 「ちゅーしてくれたら治るかも…」


 返事をせずに、エマの指が愛来のおでこに触れた。

 前髪をサラサラとかき分けられてから、そのままおでこにキスを落とされる。


 「……鎮痛剤は飲んだの?」

 「うん…」

 「夜ご飯は食べたいものある?」

 「…おうどん」

 「わかった」


 部屋を後にするエマの背中を見送ってから、罪悪感に満ちた顔を隠すように布団を被った。


 心配してくれたのに、その優しさに漬け込もうとした自分が恥ずかしい。


 そっと、額に触れる。


 「そこじゃないのに…」


 好きと伝えたいけど、拒否されたら怖い。

 もっと大人になれたら、エマも少しは愛来を対象としてみてくれるのか。


 あれから全然触ってくれない。

 キスだってしてくれない。


 本当はエマから可愛がられたくて仕方ないのだ。





 あれほど酷かった生理痛も、軽い仮眠を取れば少しだけ楽になる。

 ズキズキとした痛みもなく、起きあがろうとすれば右手が温もりに包まれていることに気づいた。


 愛来が寝ている間、そっと握ってくれていたのだ。


 「エマ…」

 「体調は、どう?」

 「マシになってる」

 「良かった。後はうどん茹でたら完成だから、向こうで食べれそう?」


 頷いてから、エマと共にリビングへ向かう。

 キッチンでうどんの出汁を温めているエマに向かって、そっと声を掛けた。


 「…エマ」

 「どうした?」


 どうして触ってくれなくなったの。

 禁煙を理由にしないと、このまま一生キスはしてくれないの。


 喉元まで出掛かった言葉を、ギリギリのところで堪える。


 「…何でもない」

 「なにそれ…ほら、一緒に食べるよ」


 ダイニングテーブルを囲んで、2人でうどんを食べる。

 ふわふわな卵が乗っていて、出汁と絡んでいてとても美味しい。


 「……ッ」


 好きと言えば、何かが変わるのだろうか。

 言ってしまえば、困らせてしまうのだろうか。


 好きだからこそ、こんなにも臆病になってしまう。

 エマのことになると、こんなにも愛来は怖がりになってしまうのだ。


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