第31話
今年の秋物新作であるロングブーツにタイトなミニスカートを合わせて、少しでも足が長く見えるようにする。
前髪のカールはいつもより丁寧に巻いて、アイシャドウも面倒くさがらずにチップを使って塗った。
散々すっぴんだって見られているくせに、好きな相手とのデートであればおしゃれをしたいと思ってしまう。
新しく出来たショッピングモール内は綺麗で、人も多く賑わっている。
そんな中で、エマと隣同士で歩けている事実に胸をときめかせていた。
そして何よりも、はぐれてしまわないように握り込まれた手が、より愛来を幸せな気持ちにさせているのだ。
人混みの中ではぐれないように手を繋ぐなんて、やはり子供扱いされているのか。
もしかしたら、少しでも愛来と手を繋ぎたいと思ってくれているのか。
もしそうだったら酷く嬉しいのに、そう思っているのはきっと愛来だけだ。
「今日も配信するの?」
「うん、だから夜には帰ろうかな」
「何か買いたいものとかある?」
「新しい香水欲しい。新作のやつ」
エスカレーターを上がって、デパートコスメブランドが立ち並ぶエリアへ向かう。
数多くショップが並んでいる中で、エマは迷うことなくとある有名ブランドに入っていった。
「ここの香水好きなの。新作出たらいつもチェックしてる」
店員に声を掛けて、ムエットに新作香水を振り掛けてもらう。
スンと香りを嗅いだ後、エマはムエットを愛来の鼻の前まで持ってきた。
「これにしようかな。愛来は?この香り好き」
「うん…甘すぎなくて好き」
「じゃあ、これ二つお願いします。どっちも50mlで」
クレジットカードを店員に渡して、買い物はあっという間に済んでしまう。
袋に詰めてもらっている間、ふと気になったことを尋ねた。
「どうして二つ?」
「愛来の分ね」
「私…?
「スパチャのお礼」
店員から受け取った紙袋を渡されて、落とさないように両手で抱え込む。
好きな人からプレゼントをもらって、おまけにお揃いの香りを纏うことが出来るのだ。
何も知らないエマは、こうやって愛来を喜ばせる。
彼女の何気ない行動が、更にエマへの愛を強くさせるのだ。
「…エマとお揃いか」
この香水を付けるたびに、きっとエマのことを思い出す。
何気ない日常で、香りが彼女を連れてくるのだ。
頬が緩みそうになるのを堪えながら、再びエマの手を握る。
これではまるで本当にデートをしているようで、愛来はまた勘違いをしそうになるのだ。
お昼ご飯にイタリアンを食べてからは、洋服を見て回っていた。
エマはコンビニへ行くか友人と遊びに行く時以外外に出ないため、中々服を見る機会もないそうでここぞとばかりに購入している。
散々歩き疲れたため、カフェに入った2人はテラス席に座って休憩していた。
「もう夕方か…」
「あっという間だったね」
少し離れた所にあるカフェなためか、人入りは少ない。
テラス席に至っては、愛来とエマ以外誰もいなかった。
「…あの人とは不倫だったからさ、デートとかしたことないの」
「…うん」
「今考えればおかしいんだけど、会うのもホテルばっかりで…セフレともそうだったから、レズビアンのくせに女の子が喜ぶお店とかよく知らなくて…」
「……好きな子と行くお店なら、どこでも楽しいんじゃないかな」
「愛来…」
「わ、私ならそう思うかな〜なんて…」
ギュッと手を握られて、驚いてエマの方へ視線をやる。
夕暮れのオレンジ色の光に、彼女のブロンドヘアが照らされていて。
憂いを帯びた表情を浮かべるエマは、この世のものとは思えないくらい綺麗だった。
「エマ…?」
「酔った時、愛来に最後まで手出さなくて本当によかった」
言葉を選んでいれば、愛来が返事をするより先にエマが喋り出す。
「こんなに素敵な子が…好きでもない人に初めて奪われなくて」
「…ッ」
「愛来は…幸せな恋をするんだよ」
何と答えるのが、正解なのだろう。
エマは真剣な恋をせず、愛来は彼女と共に幸せになりたい。
好きなのはエマだと伝えたら、どんな顔をするのか。
困らせてしまうのが分かるから、唇を噛み締めることしかできないのだ。
「タバコ吸いたくなったら、いつでも言ってね」
「……もう、大丈夫かも」
その言葉に息を呑む。
それはつまり、どういうことか。
愛来がいなくても、平気ということなのか。
聞きたいのに、聞きたくない。
自分が傷つく未来を想像して、エマの言葉から逃げているのだ。
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