第29話
ルームキーを持っている為、帰宅時は当然インターホンを鳴らさずに部屋に入る。
いつも通りルームキーをセンサーにかざして解錠してから、部屋の扉を開いた。
玄関でローファーを脱いでいれば、リビングの方からドタドタと暴れるような音がしてくる。
不思議に思って慌てて駆けつければ、ゆっくりと天井に向かってしまわれていくプロジェクターの存在に気づく。
ジトリと視線をやれば、プロジェクターのリモコンを手にして顔を伏せるエマの姿があった。
「…またエッチなビデオ見てたんでしょ」
「み、見てない」
「本当に?」
「ちょ、ちょっとだけ…?」
以前使い方を教えてもらったため、閉まったばかりのプロジェクターを再び出した。
電源ボタンを押せば、案の定映し出されるアダルトビデオ。
制服姿の女子高生らしき女優が、綺麗系な美人女優に責められている真っ最中のものだ。
すぐに電源を落として、エマに詰め寄る。
「…なんでそんなにエッチなビデオ好きなの」
「いや、その…」
「……セフレとエッチなこと出来ないから…?」
愛来が来て以来、エマはセフレを呼んでいない。
外部でも会っている様子はない為、余計なお世話かもしれないがそういった欲求を満たせていないのだ。
「これは違くて…あ、愛来に似てたから」
「は……?」
「ツンデレ美少女って書いてて、愛来っぽいな〜て見て…でも愛来の方が全然可愛かったよ」
予想外の言葉に、ジンワリと頬に熱が溜まっていく。
「わ、私に似てたから見るって…」
「ん…?あ、いやそう言う意味じゃ…」
珍しく言葉の歯切れが悪い。
いつも次から次に言葉を生み出して、愛来を翻弄してくるエマが。
誤魔化そうとするのに必死なあまり、余計なことを口走ってしまっているのだ。
「それじゃあその、私とえっちなことしたいみたいじゃん…」
「違う、そう言う意味じゃなくて…」
「けどこの女優さん、セーラー服着てる…」
「偶然だから!」
その様子に、僅かに胸が高揚していた。
いつもだったら、愛来に似てたからとニヤニヤして揶揄うだろうに。
恥ずかしがる愛来を見て楽しむわけでもなく、寧ろエマの方が照れているのだ。
少しでも愛来をそういう対象に見てくれているのだろうか。
ただの子供ではなくて、僅かでも性的対象に考えてくれているのだろうか。
アピールをするなら今がチャンスなのではないかと気づいて、緊張からゴクリと生唾を飲む。
「……へ、変態じゃん」
「…ごめん」
「その……触る?」
制服の裾を掴んで、恐る恐る持ち上げる。
本当は胸元まで上げて下着を見せつけたかったが、羞恥心でお腹までが限界だった。
日焼けをしていない肌があらわになって、更に羞恥心が込み上げてくる。
「……私のせいでセフレ呼べないんだし…」
そんなこと言いつつ、愛来がエマに触れられたいだけだ。
エマの手がこちらに伸びてきて、ギュッと目を瞑る。
そのまま体を弄られる感覚を予想して構えていれば、オデコに疎い痛みが走った。
「いたっ…なんでデコピンするの…」
「それは流石にダメだって」
「けど、この前は触った…」
「……前は、ね。今は無理」
「なんでよ」
「…愛来が可愛いから」
嫌々言う子供のように問い続ければ、エマが大きくため息を吐く。
しかしそれは、呆れからくるものではない。
「……大切だから簡単には触れない」
優しく頭を撫でられて、コテンと彼女の肩に顔を埋める。
「いい子だから、分かってよ」
これではまるで犬扱いだ。
躾のできていない犬を宥めるように、エマは少し困った顔をしている。
もし、愛来に耳と尻尾があるのなら。
尻尾はだらしなくブンブンと振って、耳は撫でてもらいやすいようにピタッと倒してしまっているだろう。
子供扱いだろうと、犬扱いだろうと。
大切だと言ってもらえて心は喜んでいるのだ。
「タバコは?」
「え…」
「タバコ、吸いたくなってない…?」
少しでも可愛く見えるように、軽く上目遣いをする。
可愛い子ぶる行為をひたすら馬鹿にしていたというのに、好きな相手ではあれば半ば無意識にしてしまうのだ。
「…今は、その…」
チラリと愛来の顔を見た後に、エマが消えてしまいそうなくらい小さい声を漏らした。
「吸いたい、かも」
エマの顔が近づいてきて、そっと目を瞑る。
柔らかい感触が触れたのは一瞬で、すぐに唇は離れていってしまった。
「……触れるだけでいいの?」
「いま、興奮してるの」
「…ッ」
「止まらなくなったら愛来が困るでしょ」
ここで首を横に振れば、困るのはエマだろう。
触って欲しい、体を蹂躙して欲しい。
快楽を与えられて、彼女に触れたい。
はしたなく体を絡ませて、感じたことがないくらいの快感を与えられたい。
欲望はどんどん膨れ上がる。
はしたないことばかり考えて、エマと身も心も重ねる未来を願ってしまうのだ。
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