第28話
全てを打ち明けて少しだけ心が軽くなったのか、珍しくエマの方が先に眠りに付いていた。
サラサラと、綺麗なブロンドヘアを梳いてやる。
初めて聞いた、エマの過去。
罪を犯して、罪悪感からタバコに逃げた。
人を信じることを恐れ、特定の誰かを作ることを怖がっている彼女の傷を、愛来が癒すことが出来るのだろうか。
「エマ……」
綺麗なブラウンカラーの睫毛をジッと眺める。
「可愛いな…」
全てを知っても尚、エマへの気持ちは変わらなかった。
愛おしくて、傷ついたこの子を癒して守ってあげたい。
エマには幸せになってもらいたいたかった。
沢山傷ついた分、手放しで喜べるような素敵な恋をして欲しい。
そして、あわよくばその相手は愛来でありたいと願ってしまう。
無理かもしれない。
難しいかもしれないけど、始める前から諦めたくない。
「…よし」
隣に寝転んで、そっと彼女の頬にキスをする。
ふにふにとした柔らかい感触に頬を緩めながら、愛おしい人への愛で心は満たされていた。
沢山傷つけられて怯えているこの子を守ってやりたくて、包み込むように優しく体を抱きしめた。
平日の朝に早起きをして、泡立て器でボウルの中身をかき混ぜる。
中にはホットケーキミックスに卵と牛乳が入っていて、ふっくらとなるように優しくスパチュラで混ぜていた。
フライパンに2枚分焼いてから、綺麗にお皿に盛り付ける。
事前に溶かしていたマーガリンを塗って、その上に細かく刻んだイチゴを散りばめた。
最後にメープルシロップを垂らしてから、ようやく完成する。
達成感に駆られていれば、丁度起きてきたエマが驚いたような声を上げる。
「おはよう、朝からすごい豪華…」
チラリと時計を見ればすでに出発時刻で、エプロンを外しながらスクールバッグを引っ掴む。
愛来は余ったお米で作ったお握りを既に平らげているため、このホットケーキは全てエマの分だ。
「じゃあ、私もう行くね」
軽く背伸びをして、勇気を出してエマの唇に口付ける。
朝一番にされるとは思わなかったのか、少しだけ狼狽えているようだった。
「タバコ吸っちゃダメだからね」
「う、うん…」
「いってきます」
「いってらっしゃい…」
学校へ向かう途中、キスを思い出してジワジワと頬が赤らみ始める。
タバコを吸わせない為というのは勿論だが、それよりも愛来が彼女とキスをしたい欲求の方が勝っている。
朝からホットケーキを作ったのは、エマに喜んで欲しかったから。
罪悪感に駆られて自己嫌悪に陥るエマを、少しでも励ましてあげたかった。
好きな人に好きになってもらうには、まず何から始めれば良いのだろう。
自分磨きをしたり、相手にアプローチをする姿を思い浮かべるが、エマの場合その前に乗り越えなければいけない課題がある。
好きな人に好きになってもらうためには、まず過去の相手を忘れてもらわないといけないのだ。
頭を悩ませるが、名案はちっとも思い浮かばなかった。
これなら、勉強の方がまだマシだ。
恋愛は初めてなため、分からないことだらけ。
「じゃあ、ここ…星宮」
数学教師に当てられるが、エマのことを考えるあまりちっとも話を聞いていなかった。
「すみません聞いてませんでした…」
「珍しいな、ちゃんと聞くんだぞ」
授業を聞かずにボーッとするなんて、今までの愛来だったら考えられなかった。
エマのことを考えると、それ以外何も頭に入らなくなってしまう。
これが恋をすると言うことなのか。
冷静でいられず、本能的になって合理的な判断が出来ないのだ。
授業を全て受け終えてから、荷物を纏め始める。
明日から三連休で、愛来としてはエマとどこかへ遊びに行きたいところだが、配信で忙しいと言っていた。
人気者のVtuberゆえに、祝日などは特に配信に力を入れているらしい。
こればかりは仕方ないと分かっているが、どこか寂しさを覚えてしまう。
ため息を吐くのと同時に、近くで聞こえてきた男子生徒の会話に聞き耳を立てた。
「今日は宇佐美こねこちゃんのグッズ発売日だな」
「はやく店行こうぜ」
普段話したことがない男子生徒たち。
クラスでも大人しく、一部の気が強い女子たちから雑用を押し付けられている場面を何度か目撃したことがあった。
その度にやめるように注意していたが、愛来の目が届かない所までカバーできているかは分からない。
「ねえ、宇佐美こねこ好きなの」
近づいて声を掛ければ、ビクビクと怯えたように目を逸らされる。
見た目が派手なせいか、大人しい生徒からは怯えられることが多いのだ。
「…は、はい」
「どこが好きなの」
「声が綺麗で、ゲームも上手いし話も面白くて…あと、雑談配信とかでは親身になって相談乗ったりする面倒見の良さとか…」
「ばか、お前オタク丸出しだぞ…」
連ねられる言葉に、愛来の方が嬉しくなってしまう。
「見る目あるじゃん」
「え……」
「私も宇佐美こねこ大好きだから」
厳密には宇佐美こねこの声を吹き込む、一条エマが好きなのだ。
好きな人を褒められて、まるで自分が褒められたかのように喜んでしまっている自分がいた。
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