第26話


 エマが買ってきてくれたマカロンを頬張りながら、宇佐美こねこの生配信を眺める。


 高級店のもので、風味はもちろん味だって別格なマカロンを一つ一つ味わっていた。


 紅茶を口にしていれば、こねこの言葉に思わず眉間を寄せる。


 『うちにいる女子高生、本当にポメラニアンみたいなんだよね』


 また、愛来を犬に例えているのだ。


 ポメラニアンは小さくてモフモフな見た目であることは知っているが、その性格はよく知らない。


 「調べてみるか…」


 ポメラニアン、性格と調べればすぐに沢山のサイトがヒットする。

 

 上から3つめのサイトにアクセスしようとすれば、関連ワードに「キツイ」というワードが入っていることに気づいた。


 不思議に思ってクリックすれば、『実は大変ポメラニアンの飼育』というサイトが一番上に表示される。


 「え…」


 そのサイト内には、ポメラニアンを飼育する際の注意点が記載されていた。

 警戒心が強く、頑固でわがまま。そして甘えん坊といったワードが書き連ねられている。


 「私、わがままかな…」


 それよりも他の特徴の方が心当たりがある。


 頑固で警戒心が強いと言われる事は多々あって、中々自分の意思を折る事ができない。


 ページをスクロールすれば『忠誠心が強く、飼い主を守ろうと甲高く吠える』という文面を新たに見つける。


 やはり、いまいちピンとこない。

 褒められているのか、貶されているのか。


 「そんなにうるさいかな…?」


 キャンキャンと吠えているつもりはないが、エマからすれば子供な愛来はそう映っているのか。


 頬を膨らませていれば、宇佐美こねこの言葉にキュンと心臓を跳ねさせる。


 『まあとにかくめちゃくちゃ可愛いのよ』


 嬉しくて、頬をニヤニヤと綻ばせる。

 ポメラニアンと言われて複雑だったと言うのに、可愛いと言われた途端これだ。


 好きな人に可愛いと言われただけで、簡単に許したくなってしまう。


 恋をして、愛来は単純になってしまったのかもしれない。





 エマへの恋心を自覚して以来、普段だったら気にしていなかった面にも胸をときめかせてしまう。


 風呂上がりにキャミソール姿でいるだけで緊張して直視が出来ず、たまにご飯を作って貰うだけで嬉しくて仕方なくなる。


 エマは同性愛者なのだから、きっと可能性はゼロではないはず。


 だけど、彼女の心には津山恵がいて。

 そもそも愛来はエマにとって、高校生のお子様でしかない。


 振り向いて欲しいけれど、まだ乗り越えるべき壁は沢山あるのだ。


 就寝前にソファに座って本を読んでいれば、彼女に声を掛けられる。


 「愛来」


 ゆっくりと顔が近づいてきて、反射的に唇をキュッと結んだ。


 こちらの気持ちなんてお構いなしに、口寂しくなればエマはキスを強請ってくる。


 好きと自覚したせいで、エマと唇を重ねるたびに緊張して心臓が壊れそうなくらいうるさく高鳴ってしまうのだ。


 「す、するの…?」

 「タバコ吸いたくなったから」


 顎をすくわれて、優しく唇を奪われる。

 軽く口を開いたが、今日は舌を絡ませ合わない触れるだけのキスだった。


 ただ重ね合わせるだけのキスでも、エマ相手であれば頬を赤く染め上げてしまう。


 「そんなにタバコ美味しいの?」

 「美味しいって言うより…依存かな」

 「……じゃあ、私に依存してよ」


 蚊の鳴くような声で囁けば、途端に抱きしめられる。


 彼女の胸の膨らみが頬に触れて、更に心臓の音が激しく鳴り始めていた。


 「…可愛いね、愛来は」


 好きな人からそう言われて、嬉しくて仕方ないのに。


 同時に胸が切ない痛みを上げる。


 どれだけ好きな人から可愛いと言われても、エマの心にいるのは愛来ではなくあの人なのだ。


 「…エマの初恋ってどんな人」

 「急にどうしたの」

 「知りたくて…」

 「中学校の頃の先生だよ…すごく優しかったの…津山先生」


 先生というワードに、驚いて目を見開く。

 津山恵は、エマの中学校の先生だったのだ。


 初恋の相手を、エマはいまも尚追い続けている。


 そんな相手に敵うだろうかと、珍しく自信をなくしてしまっていた。






 学校の休み時間にも関わらず、愛来は友人の輪を離れて人通りの少ない校舎裏へやって来ていた。


 お弁当を食べている途中に、エマの母親である優子から電話が掛かってきたのだ。


 母親の妹で、愛来の叔母にあたる女性。

 電話番号はお互い知っているが、連絡が掛かってきたことは殆どない。


 「もしもし?」

 『愛来ちゃん久しぶり。元気してる?』

 「元気だよ、おばちゃんは?」

 『私もよ……エマとは仲良くしてる?』


 心配そうに漏らす声に、あることを思い出す。


 どうして親戚の集まりに来なくなったのか尋ねた際、彼女は『罪悪感』と意味深な言葉を口にしたのだ。


 「…うん、仲良いよ」

 『そっか…上京してからね、あの子一度も戻ってきてなくて…その…愛来ちゃんに何か言ってたりする?』


 娘がまったく帰省してこなくなって、彼女なりに思うところがあったのだろう。


 何かしてしまったのか、嫌われてしまったのか。

 母親であれば、そうやって悩むのが当然だ。


 23歳でもう成人している娘に対して、どう接したら良いのか彼女もわからないのかもしれない。


 意味深な言葉を伏せて、言葉を選びながら優子に伝えた。


 「楽しすぎるんだって…東京での生活が。だから戻るのすっかり忘れちゃうけど…優子おばちゃんのことも、桃ちゃんも…おじさんのことも大好きだって言ってたよ」

 『そっか…』


 電話口越しに、優子が鼻を啜る音が聞こえた。

 

 僅かに声も震えている。


 「…だから、大丈夫…嫌ってるとかじゃないよ」

 『……ありがとう』


 通話を切ってから、そっと廊下の窓から外の空気を吸い込む。

 

 家族関係が良好にも関わらず、帰郷出来ないほどエマを縛り付ける罪悪感。


 家族に負い目を感じるほどの罪悪感を、エマは抱いている。


 一体何があったのか。

 この5年の間に、彼女はどんな人生を送ってきたのか。

 想いを寄せる相手だからこそ、踏み込みたいと思ってしまうのだ。

 

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