第24話


 タバコを吸いたくなったと言われて、帰宅後に靴を脱ぐ暇もなく唇を重ねられる。


 壁に押し付けられながら、角度を変えて唇を蹂躙されていた。


 一体この関係は何なのだろう。


 血が繋がっていないとはいえ、従姉妹であることに変わりはない。


 彼女からすれば愛来は酷く子供だろうに、どうしてキスをしてくれるのか。


 「んッ…っんぅっ…ァッ」


 舌を擦り合わされて、段々と体に熱が込み上げてくる。


 5年間会わない間に、エマはすっかり経験豊富な大人の女性に成長してしまったのだ。


 そもそも、どうしてこの子は親戚の集まりに来なくなったのだろう。


 唇が離れて、ぼんやりとエマの顔を見つめていた。


 「エマってさ、どうして親戚の集まりに来なくなったの」

 「…どうしたの急に」

 「気になったの。5年くらい前からだよね、来なくなったの」

 「罪悪感」

 

 不可解な言葉に、首をかしげる。

 

 「意味わからないんだけど…」

 「別に嫌いとかじゃないよ。桃は可愛いし、お母さんも優しい。お父さんだって怖いけど、嫌いじゃない」


 連れ子とはいえ、優子とエマはちっともぎくしゃくしておらず、むしろ良い親子関係を築いている。


 妹である桃のことを酷く可愛がっていて、愛来が中学生に上がる前までは親戚一同良く集まっていたのだ。


 「罪悪感って…何したの」


 ポケットからタバコを取ろうとする彼女の手を掴む。

 吸わない約束をしたというのに、ずっとポケットに忍ばせていたのだ。


 無理やりタバコを奪い取ってから、今度は愛来の方が彼女を壁に押し付ける。


 背伸びをして、半ば強引にエマに口付けをした。


 舌をねじ込んで、無理やり彼女の舌と絡ませるが反応がない。


 虚しさの方が大きくて、すぐに唇を離した。


 「辛いからってタバコに逃げないで」

 「…ッ」

 「苦しいなら…私にぶつけていいから」


 優しく体を抱き寄せられて、エマの腕に包み込まれる。

 胸元に耳を寄せれば、少しだけ早い心音が伝わってきた。


 愛来と密着して、少しは動揺してくれているのだろうか。


 酔っ払って以来、あんな風に触られてはいない。


 キスはしていないけれど、エマに可愛がってもらえるセフレと。

 キスはしてもらえるけど、それ以上先に進めない愛来。


 一体、幸せなのはどちらだろうか。

 

 彼女の抱える罪悪感とは一体何なのか。

 配信部屋に飾られていた、女性の写真。


 やはりあの女性が何か関係しているのだろうかと考えるが、怖くて聞けないのだ。






 配信のない夜は、共にベッドに横たわって眠りにつく。

 向かい合わせの状態で寝転んでいれば、優しく指で耳を擽られた。


 耳の縁をやらしく撫でられて、ビクッと体を跳ねさせる。


 「耳弱いのってなんか可愛い」

 「触んないで…」

 「他に弱いところあるの?」

 「言ったら触るでしょ」

 「よくわかったね」


 いつも翻弄されてばかりいるのが癪で、手を伸ばしてからエマの背中に触れる。

 

 人差し指で背中をなぞってみせるが、彼女はなんの反応も示さなかった。


 「なに」

 「……仕返し」

 「どうして背中にしたの?」


 鋭い指摘に、パッと目線を逸らしてしまう。

 背中を向けて無かったことにしようとすれば、いつものように背後から抱きしめられた。


 「ちょっと…」

 「もしかして背中も弱い?」

 「んッ…触んないでって…ァッ」


 擽るように背中をなぞられてから、エマの手が愛来の脇腹に移る。


 優しく指を滑らされるたびに、くすぐったさが堪らなくて太ももを擦り寄せた。


 いつもだったら「触らないで」と拒否していたのに、彼女の手を跳ね除けられない。


 彼女の温もりから、離れたくない。


 このまま触れてほしいと、願っているせいだ。


 手つきは更に激しくなって、服の裾から手を差し込まれて、直接背中をなぞられる。


 エマの手つきに合わせて、甘い声が溢れてしまっていた。


 「んっ、ンッ…」

 「愛来って敏感だよね」

 「……他の子と比べないで」

 「嫉妬?」

 「……ちがう」


 ここで頷ける素直さを持ち合わせていれば、もっとエマから可愛がって貰えるのか。


 そんな風に考えてしまう時点で、もうどこかおかしいのだ。


 エマの手が前に回されて、そのまま指がブラに触れる。


 酔っ払った時に触れられた快感を思い出して、キュンと胸が高鳴った。


 「…何も言わないの?」

 「え……」

 「愛来が拒否しないと、このまま触るよ」


 振り返れば当然、エマと視線が合う。

 ブラウンカラーの彼女の瞳を、ジッと見つめていた。


 いま愛来が拒否しなければ、触ってもらえるのか。


 エマのセフレのように、可愛がって貰えるのか。


 恋人のように、体を絡ませあえるのか。

 

 沢山の欲が込み上げて、葛藤から目線を彷徨わせていれば、パッと手が離れていく。


 「冗談だって。子供にキス以上はしないから」


 そう言って、エマが体を反転させる。


 心臓をバクバクさせながら、彼女の背中をジッと見つめていた。

 

 子供だから。キス以上のことをしてもらえない。

 だったら高校生じゃなければ、愛来も可愛がってもらえるのだろうか。


 「……ッ」


 そんなことばかり考えている時点でもう、手遅れなところまで来てしまっている。


 芽生え始めたこの想いは、見て見ぬ振りが出来ないくらい膨れ上がってしまっているのだ。






 起床から既に10分経過しているのに、寝転びながらエマの寝顔を見つめていた。


 よく見ればまつ毛もブラウンカラーで、改めて彼女がハーフであることを思い出す。


 肌は透き通るように真っ白で、眠っているエマはいつもよりあどけなさを残していて可愛かった。


 「……み」


 少しだけエマの口元が動いて、ジッとその動きを眺める。


 未だに閉じたままの瞳からは、涙が一筋零れ落ちていた。


 「……めぐみ


 初めて聞く女性の名前に息を呑む。

 恵とは一体誰なのか、聞きたくても寝言なため尋ねられない。


 手を伸ばして、指で涙を拭ってあげる。

 

 「……誰よ、それ」


 愛来の独り言に近い言葉を無視して、エマは再びスヤスヤと心地良さそうに眠り始めた。

 

 この子を縛り付けている恵という女性。


 「……あの写真の人なのかな」


 きっとそうに決まっている。

 好きだった相手か、元恋人か。


 エマの心を占めているのは、愛来ではなく恵という女性なのだ。


 勝手にエマの手を取って、自分の手と絡ませる。


 恋人繋ぎの状態で、情けない声を上げた。


 「……ギュッてしててよ」


 もちろん、彼女から返事はない。


 手を繋ぐには「襲われた記憶を思い出して怖いから」と言わなきゃいけない。


 唇を重ねるには、禁煙を理由にしなければいけない。


 高校生だからと、体は絶対に重ねてくれない。


 「…ッ」


 服の裾を捲って、彼女の手を自身の服の中に入れる。


 緊張で一気に心臓が早く鳴る中で、そのまま下着越しにエマの手を自分の胸に押し当てた。


 当然その手は動かずに、可愛がっても貰えない。


 虚しさから、すぐに彼女の手を元の位置に戻した。


 「……何してるんだろう」


 恥ずかしくなって、布団の中に包まる。

 

 こんなのおかしい。

 理性じゃなくて、衝動的になってしまった。


 欲が出て、彼女から触れられることを願った。


 以前偶然見てしまったアダルトビデオの女性達のように、いやらしく体を絡み合わせたいと、はしたないことを考えてしまっているのだ。


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