第21話


 軽く背伸びをして人だかりの中、期末試験の成績発表を確認する。


 全教科を合わせて上位10名までの生徒の名前が、廊下に張り出されるのだ。


 ジッと目を凝らせば、8位の欄に自分の名前を見つける。


 できれば5位以内に入りたかった所だが、中々そこには食い込めない。


 進学校のトップ5となれば皆桁違いに頭が良く、入学当初からメンツが全く変わらないのだ。


 次また頑張ればいいと、答案用紙が入ったカバンを抱えながら帰路につく。


 電車に揺られながら、もしテストの結果を知らせたら、エマは褒めてくれるだろうかと考えていた。


 「は……?」


 自然と浮かんだ考えを、必死にかき消す。


 これではまるで、愛来がエマに褒められたいみたいだ。


 無償に恥ずかしくなって、スマートフォンで興味のない美容動画を見て気を紛らわせていた。




 


 電車から降りてエマと暮らすマンションまでの道を歩いていれば、見知らぬ男性に声を掛けられる。


 「すみません」


 スーツを着ている姿から、社会人であることは間違い無いだろう。


 またナンパだろうと、返事もせずにスタスタと足を進めていれば、男性が慌てたように言葉を続けた。

 

 「ちょっ……足速いな。君芸能界とか興味ない?」

 「ないです」


 今までも何度かこういった誘いを受けたことはあるが、全て断っている。

 

 母親譲りの容姿は人目を引くが、それを武器に生きるつもりはさらさらない。


 そういった生き方を否定しているのではなく、愛来はただ地に足ついた生き方をしたいだけだ。


 モデルやアイドル、女優はもちろん。


 テレビでキラキラと輝く人たちに憧れがないと言えば嘘になるけれど、同じ舞台で輝きたいとは思わないのだ。


 「絶対に人気出ると思うよ」


 無理やり名刺を握り込まされて、チラリと一瞥する。


 確か以前にも渡されたことがある事務所で、母親に見せれば大手事務所だと話していた。


 女優からモデル、他にも歌手や芸人と幅広く在籍している事務所らしい。


 「女優の綾瀬椿とかが所属してる事務所なんだ。興味があればいつでも連絡してきて。絶対に輝かせてみせるから」


 去っていくスカウトマンを見送ってから、すぐに公園に入って燃えるゴミ箱に名刺を捨てる。


 見た目を褒められることに、何も感じなくなったのはいつからだろう。


 なるべく目立たないように、学校でも積極的に喋らなくなったのはいつからだろう。


 酷いいじめを受けたわけではないが、人間関係を億劫に感じるようになった。


 学校では仲良い友人らとも、学校外で遊ぶことは滅多にない。


 「私、気強いからな…」


 可愛げがないと、今まで付き合った男の子からも言われてきた。


 キスをされそうになって、咄嗟に顔を背けた時。


 怒り出した当時の彼氏に「可愛くねえ。見かけ騙しかよ」と冷たく言い捨てられたのだ。


 「分かってるよ…」


 自販機で購入したジュースを飲みながら、思い出すのはエマのこと。


 愛来の可愛くない中身を可愛と言い切ったのは、あの人くらいだ。


 「……ッ」


 それがどれだけ嬉しかったか、きっとあの人は知らない。


 見かけだけで散々好き勝手言われてきた愛来の中身を、可愛いと言ってくれた。


 可愛くないところが可愛いと、褒めてくれた。


 だからこそ、エマに対して心を開き始めているのだろうか。


 「…あ」


 スマホを開いて動画配信サイトへ飛べば、宇佐美こねこが配信をしている。


 「夕方にやってるの珍しい…」


 開けば、雑談配信と称して楽しげに喋っている。

 可愛らしい声色が心地良くて、ずっと聞いていたい衝動に駆られていた。


 画面の右上に、『質問あればチャットへ』という文字を見つける。


 なんて書こうか悩んでいれば、こねこが話し出した話題にピタリと動きを止めた。


 『私も最近は人間らしい生活してるんだよ?可愛い女子高生と暮らし始めたからね』

 

 愛来のことだ。

 紡ぎ出される言葉を聞き逃さないように、ジッと息を潜める。


 『凄い可愛いんだよ。あ、見た目はもちろんだけど、特に中身がね。強がりで意地っ張りなんだけど、優しい子でさ。すぐ言い返してきて…なんだろう、ポメラニアンみたいな子』

 「ポメラニアンって…」


 犬に例えられるのは初めてで、クスリと笑ってしまう。

 落ち着いた気の強い性格は、猫のようだと例えられる方が多かった。


 『キャンキャン吠えてうるさい時もあるけど、可愛くて仕方ないみたいな…あの子がいるから、ご飯ちゃんと食べて綺麗な部屋で生活出来てる』


 そこで愛来の話題は終わって、続いて『なにか質問ある?』と話題が変わる。


 チャット欄には次々と宇佐美こねこへの質問が送られていた。


 「…ッ」


 震える指で、スマートフォンをタップする。

 悩んだ末に送った質問は、2万人近い他の視聴者の質問に紛れて届かない。


 彼女の目に触れなかったことに、ホッと胸を撫で下ろしていた。


 『最近好きなゲーム?そうだな…じゃあ、明後日あたりにそのゲームしようかな』


 送った内容に触れられず、安心してしまう。

 気づいて欲しいけど、見られたくなかった。


 半ば無意識に送ったメッセージを見られたら、きっとまたエマに揶揄われてしまうから。

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