第19話


 授業合間に、愛来はスマートフォンで『宇佐美こねこ』について調べていた。


 ボイスという大手Vtuber事務所に所属する人気配信者。

 活動から5年近く経過していて、その人気と知名度は界隈で群を抜いている。


 古参かつ、界隈の知識がある人であれば誰もが知っている存在、それが宇佐美こねこだとサイトには記載されていた。


 「…へえ」


 どうやらVtuberは簡潔に言ってしまえば、バーチャル世界で活躍する、二次元キャラクターの動画配信者のことを指すらしい。


 初めて知ることだらけで、好奇心からどんどん調べていく。


 宇佐美こねこは男性はもちろん、女性視聴者も多く存在していて、ブランドとのコラボやCD発売など、配信以外にも精力的に活動しているらしい。


 「本当に凄い人じゃん…」


 そんなすごい人に向かって、かなり無礼で失礼な態度を取ってしまったが、エマの性格上そこまで気にしていないだろう。


 「自分は凄い人なんだぞ、敬え」とふんぞり返るような人ではないのだ。


 「なんで教えてくれなかったんだろ…」


 ちっとも恥じるような仕事ではないというのに、エマは当初教えてくれなかったのだ。


 愛来がアニメや漫画にそこまで詳しくないからか、宇佐美こねこの正体をバラされてしまうと危惧したのか。


 「……私、そんなことしないのに」


 そしてもう一つ思い浮かんだのは、もしかしたらエマと自分が似ているのではないか、という考えだ。


 先入観をなしにありのままの自分を見てほしい。

 大人気Vtuberの宇佐美こねことしてではなくて、一条エマとして接して欲しかったのではないか。


 外見しか見てもらえずに歯痒い思いをしてきた愛来と、通じるものがあるような気がしてしまう。


 流石にそれは考えすぎだろうか。

 あくまで愛来の想像でしかないけれど、不思議とそんな気がしてしまうのだ。





 リビングに通じる扉の前で、愛来は立ち尽くしていた。

 廊下に留まり続けて早5分は経過しているが、一歩も動けずにいるのだ。


 リビングから聞こえてくる声に、脳内はヒート寸前なほど熱が込み上げて来ていた。


 「あっ、あァッ、ンッ…だめ、そこぉっ…」

 「なんで?気持ちいいんでしょ」


 明らかに興奮したような女性二人の声。

 昼間からいやらしく絡み合っていることは明確だ。


 セフレは呼ばないと言っていたくせに、愛来が学校へ行っている間にこんなことをしていたのだ。


 「嘘つき…」


 ようやくエマを信じ始めていたというのに、酷く裏切られた気分だった。


 ドアノブを握る手にギュッと力を込める。


 大体昼からこんなことをするなんて信じられない。

 

 「マイちゃん、ンッ…んっ、もうっ…」

 「イキそう?アカリはここ攻められると弱いね」


 衝撃で込み上げていた涙が、一気に引っ込んでいく。


 「マイちゃん…?アカリ…?」


 肝心のエマという名前が出てこずに、違和感から小首を傾げる。


 恐る恐る扉を開けば、室内にはソファに寝転がっているエマ以外誰もいない。


 それよりも気になるのは、プロジェクターに映し出されるアダルトビデオ。


 女性同士が裸体で絡み合う姿が映し出されていて、一気に頬を紅潮させる。


 人生で一度も、アダルトビデオなんて見たことがない。


 ソファですやすやと眠りこけているエマに対して、呆れてしまう。


 「信じらんない…!」


 アダルトビデオをプロジェクターで鑑賞するところまでは百歩譲ってまだ分かるが、飽きて昼寝をする神経が信じられないのだ。


 愛来は初めて見るビデオに、胸がドキドキと早鳴ってとてもじゃないが眠れるとは思えない。


 こんな所でも、経験の違いを見せつけられたような気がした。


 『あっ、あぅっ…あァッ』

 「これ、どうやって切るのよ…!」


 頬を真っ赤にさせる愛来なんてお構いなしに、動画内の女性はいやらしく喘いでいる。


 女性に裸体を愛撫されて、酷く心地よさそうに嬌声を上げているのだ。


 テーブルの上にリモコンを見つけて操作するが、動画は停止する所かなぜかどんどん音量が上がってしまう。


 「なんで…っ、ちょっとエマ起きてよ!早くこれ切って」


 ゆらゆらと体を揺すれば、低く呻いた後に腕を掴まれる。


 普段よりも強い力で引っ張られて、ソファに引き摺り込まれてしまっていた。


 買い替えたソファは以前にまして寝心地が良くて、愛来もたびたび寝落ちしてしまうことがあるほど低反発で心地良い。


 「……エマ?」


 生活感あふれるリビングのソファの上で、エマに押し倒されているのだ。

 

 訳のわからぬ状況に戸惑いながら、彼女に見下ろされていた。


 「ねえ、エマ…?んっ…」


 耳を指でくすぐられたかと思えば、首筋に吸いつかれる。


 あの日上書きしたキスマークは、すでに消えてしまっている。


 まるで新たな跡を付けるかのように、しつこく吸い付かれていた。


 優しくキスをするように、何度も首筋にキスを落とされる。


 「…ンッ、寝ぼけてるの?」


 くすぐったさで漏れそうになる声を堪えながら、エマに問いかけても返事がない。


 辺りにお酒の缶が幾つか置かれているため、酔いが回って正気じゃないのだ。


 名前を呼んでから軽く体を揺すっても、こちらの問いかけには答えなかった。


 「…ちょっ…待って、エマ…」


 セーラー服の裾から手を差し込まれて、無遠慮にブラを託しあげられる。


 服の中では愛来の胸が晒されている状況に、羞恥心で体が熱を帯び始める。


 躊躇なく、エマは愛来の膨らみを優しく揉み込んできた。

 

 「…ッ、ちょっと、エマ…流石にそれはダメって…」


 甘い声を堪えながら、必死に訴えかける。

 過去に自分で触れてみた時とは全然違う。


 人から触れられるだけで、体が何倍も敏感になってしまったかのように快感を拾ってしまう。


 ゾクゾクとした快感に太ももを擦り合わせていれば、膨らみのてっぺんに位置する突起を指で弾かれる。


 次第に硬くなったそこを指で弾かれるたびに、背中をしならせてしまっていた。


 「んっ…ンンッ…エマってば…」


 寝起きで酔っている彼女は間違いなく正気じゃない。


 セーラー服のボタンを外されれば、とうとう胸元があらわになる。


 エマによって散々弾かれた突起は、普段よりも赤く色づいていた。

 

 「可愛い」

 「……ッ」


 その言葉を聞くのと同時に、勢いよくエマを押しのける。

 

 疎い音を立てて、彼女がソファから転げ落ちた。


 「…え?は……?」


 衝撃で酔いが醒めたのか、エマが戸惑ったように狼狽え始める。


 服を乱して頬を染め上げる愛来を見て、少しずつ状況を理解し始めたようだった。


 「…愛来……?」

 「……さいてい…酔って襲うのもあり得ないし、プロジェクターでえっちなビデオ見るのも信じらんない…!」


 本当は、愛来がエマを罵倒する資格なんてないのだ。


 もっと早く押しのけられたのに、しなかった。


 エマから触れられる快感に溺れかけていた愛来が怒っても、説得力なんてない。


 心臓が未だにバクバクとうるさく鳴っている。


 たったいま意識を覚醒させたばかりのエマは、愛来の言葉に酷く反省している様子だ。


 「ごめん…たまにはいいかなって、お酒見ながらAV見てたんだけど、眠くなっちゃって…」

 「だからって…」

 「しょうがないじゃん…セフレいなくなって欲求不満なんだから」


 それを言われると、何も言えなくなる。

 この関係が始まって1ヶ月、エマは愛来のためにセフレとの関係を切っているのだ。


 不特定多数の人との関係をやめて、性的興奮を得られない状況下で暮らしている。


 じゃあ、この関係が終わったら。


 父の腕の怪我が完治するのは、およそ2ヶ月後。

 母親が単身赴任先から戻って来れば、エマと共に暮らす生活は終わってしまうのだ。


 愛来がいなくなって、再び1人の生活に戻った時。

 また以前のように、エマは性に奔放な生活を繰り返すのだろうか。


 「……だからって気をつけてよ」


 それ以上何も言う気になれず、ベッドルームに逃げ込む。


 触れられた胸元が、いまだにジンと熱を持っている。


 あんな風に体を触られたのは初めてで、嫌悪感よりも快感の方が優っていた。


 以前、エマのセフレから無理矢理に触れられた時と全然違う。


 「気持ちいいって…」


 恋人でもない相手から触れられて、心は喜んでいた。


 触れられるたびに胸がキュンと高鳴って、もっとシて欲しいと体は望んでいた。


 こんなのおかしい。

 心のブレーキを掛けなければいけないと、本能的にそう感じてしまっていた。


 

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