第15話


 気のせいであってくれと願う愛来を嘲笑うかのように、あれ以来学校帰りには毎日視線を感じていた。


 気味が悪くて、突然車にでも連れ込まれやしないかと怯えながら帰宅する日々。


 やっぱりストーカーだろうかと悩むが、今のところ視線を感じる以外に実害はない。


 警察などは害がない限りは動いてくれないと聞くし、まだストーカーだと確信していない状態でエマに話して余計な心配を掛けたくなかった。


 



 束の間の休日に、伸び伸びと羽を伸ばす。

 最近の愛来の悩みの種であるストーカー疑惑は、休みの日であれば解放されるのだ。


 ソファに座りながら興味のないお笑い番組を眺めていれば、ベランダから戻ったエマに声をかけられる。


 きっとまた、タバコを吸っていたのだろう。


 「これから私の友達来るけど平気?」


 友達というワードが、心に引っかかる。

 疑惑の目を向けながら、愛来は小さく声を漏らした。


 「……ほ、本当に友達なわけ」


 予想外の返しだったのか、彼女がキョトンとした表情を浮かべる。

 しかしすぐにいつも通り、愛来を揶揄うようにニヤニヤと笑い始めた。


 「どうだろうね」

 「……ッ」

 

 愛来の隣に腰をかけた彼女によって、そのまま顔に手を添えられる。


 またタバコの独特な香りが鼻腔を擽った。


 「セフレだったら愛来は嫌?」

 「嫌っていうか…もうセフレは呼ばないって約束したのに…」


 更に顔を近づけられて、少しでも動いたらキスしてしまいそうなくらいの至近距離に、エマの顔がある。


 「……このままチューする?」

 「したら、セフレ呼ばない?」

 「それはどうかなあ」

 

 目を閉じる暇もなく、そっと唇を重ねられる。

 そのままソファに押し倒されるが、後頭部を支えられているため痛みはない。


 触れるだけのキスで、以前のように舌は入れてくれなかった。


 離れていく唇を、どこかぼんやりと見つめてしまう。


 「期待した?」

 「え…」

 「物足りなさそうな顔してたから」


 きっとエマは揶揄っているのだ。

 強がる愛来に悪戯をして、その反応を見て楽しんでいる。


 「…っからかわないでよ」


 自分だってやれば出来るのだと、勇気を出してエマを押し倒す。

 先ほどとは逆の体制で、愛来の方が彼女を見下ろしていた。


 顔を赤くさせているため、きっと愛来の羞恥心は彼女に伝わっている。


 しかし、こちらばかり揶揄われている状況が癪だったのだ。


 顔を近づければ、エマが何も言わずに目を瞑る。


 そっと彼女の唇に自身のものを重ねれば、ペロリと唇を舐められた。


 お子様はそれくらいしか出来ないだろうと、煽られているのだ。


 子供扱いされているのが悔しくて、何度か啄む様にキスをした後、勇気を出して舌を出す。


 チロチロと唇の割れ目をなぞれば、エマの唇が開いた。


 舌を伸ばしてエマの口内に差し込めば、あっという間に絡め取られる。


 「んっ、んぅっ…」


 愛来がリードをする間も無く、エマの舌に絡め取られてしまう。


 侵入してきた舌を、エマは煽るように擦り合わせてきた。


 あっという間に、彼女のペースに翻弄されてしまう。


 「ンッ、ぁっ…あァっ…」


 耳を指先でこしょこしょと擽られれば、快楽で体の力が抜けていく。


 なんとか快感から逃れようとするが、背中に腕を回されてしまったため、起き上がることすら叶わない。


 「…んっ!?んぅっ…ンッ…」


 舌を絡められながら、着ていたワンピースを捲られる。


 そのまま太ももの裏側をいやらしく撫でられれば、完全に体の力が抜けた。


 唇が離れた後、エマの体に張り付く様にぺたりと倒れ込んでしまう。


 「まだまだ子供だね」

 「うるさいっ…」


 揶揄われてばかりでいるのが悔しくて、やり返してやろうと思っていたのに、結局エマのペースに呑まれてしまった。


 捲り上げられたワンピースを直しながら、噛み付くような言葉を吐く。


 「い、いつかめちゃくちゃ気持ちいいキスしてやるから」

 「楽しみにしてるね」

 「本当だからね。もう、腰抜けちゃうくらいエッチなキスするの」

 「今すぐ試す?」


 今度こそ距離を取ろうとすれば、直したばかりのワンピースを腰元まで捲り上げられてしまう。


 ショーツが丸見えの状態にされて、体制からエマには見えていないだろうけれど、恥ずかしくて堪らない。


 「やっ…ちょっと…ッ」

 「あんまり大人を揶揄ったら、こういう恥ずかしいことされちゃうんだよ」


 目線を逸らせば、優しく髪を梳かれる。

 

 「…だって」

 「いつになったら愛来は信頼してくれる?何回もセフレキープしてるって疑われたら、流石の私も傷つくよ」


 愛来だって自分が疑いすぎであると分かっているのだ。

 それでも疑ってしまうのは、もしエマがまだセフレと関係を持っていたら、嫌だと思ってしまうから。


 しかしそれを言えば、またニヤニヤとした表情で揶揄われるのが目に見えているため、何も言えなくなってしまうのだ。


 愛来だって、どうしてエマにセフレがいたら嫌だと思うのか自分でも分からない。


 分からないからこそ、八つ当たりのようにエマに噛み付いてしまうのだ。


 ピンポンとインターホンの音が室内に鳴り響いて、愛来はそっとエマの上から降りた。


 一人でベッドルームに戻ってから、扉の前で体育座りをする。

 

 「…ごめんなさい」


 来客を迎えるためにロビーまで行ったエマには、当然聞こえない。


 エマを疑って可愛くない言葉ばかり吐いてしまう自分への自己嫌悪に、愛来は一人でため息を吐いていた。

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