第11話


 腰元で縛ったエプロンのリボンを解いてから、ダイニングテーブルの上に完成した料理を並べていく。


 玉ねぎや赤パプリカ、そしてひき肉を混ぜ合わせた具を白米に掛ければ、ガパオライスの完成だ。


 ご飯は別だと最初に取り決めたにも関わらず、結局エマと食卓を囲んでばかりいる。


 「美味しい。愛来本当に家事得意なんだね」

 「別に、普通」

 「SNSとか載せれそうなくらい盛り付けもオシャレだし。あげないの?」

 「やってないから」


 知り合いと連絡をやり取りするためのトークアプリは入れているが、不特定多数の人向けに発信するSNSはアカウントすら持っていないのだ。


 周囲の人と同じように、エマも驚いたような反応を示す。


 「JKなのに!?」

 「一回登録したことはあったんだけど…知らない人から連絡たくさん来て、怖かったからやめた」


 女子高生ならSNSをやって当然だという風潮が流れているが、どうもその波に乗り切れないのだ。


 何よりも、知らない人からいきなりメッセージを送られてくる文化が肌に合わなかった。


 「私が現役女子高生だったら愛来にめっちゃDM送るわ」

 「女の子ならともかく、おじさんとかからもくるんだよ?知らない他校の男子とか、いきなり連絡来ても困る」

 「愛来ってさ、なんというか…見た目と中身違うよね」


 散々言われ慣れた言葉。

 見た目によらず気が強く、可愛げのない言葉ばかりで素直じゃない。


 その様が可愛くないと、何度も言われてきたのだ。


 「お人形みたいに可愛い顔立ちしてるのに、逞しいし…人からチヤホヤされて喜ばないのも意外」

 「上部だけ褒められても、まあ…別にって感じ。それよりも中身褒められたほうが嬉しい」

 「料理が上手っていうのは、嬉しい?」


 レシピ通りに作っているとはいえ、手間暇かけて作った料理を褒められれば嬉しいに決まっている。

 

 コクリと頷けば、エマが揶揄うような声を上げた。


 「あんまり中身知られたら、今よりも大変なんじゃない?」

 「どういうこと」

 「もっと人が寄ってくるってこと」

 「なにそれ。私可愛げないって散々言われてるんだよ」

 「可愛げないのが、可愛いの」


 わけがわからずに首を傾げるが、エマはそれ以上教えてくれなかった。


 可愛げがないのが可愛いなんて、矛盾している。

 エマが言いたいことがちっとも分からない。


 「あ…」


 チラリと壁時計を見れば、時刻は18時。

 食事中にも関わらず、慌ててリモコンボタンを押してテレビをつけた。


 「始まっちゃう…」

 「何見るの」

 「今週のにゃんにゃん」


 軽快なBGMと共に、『今週のにゃんにゃん』と可愛らしいフォントがテレビに表示される。


 一般投稿によって選ばれたネコを放送する番組で、愛来は毎週欠かさずに視聴しているのだ。


 可愛さに頬を緩ませていれば、食事を済ませてタバコを吸い始めたエマに声を掛けられる。


 「猫好きなの?」

 「うん、毎週見てる」

 「……それも、周囲には言わない方がいいかもね」


 どうしてと尋ねても、先ほどと同じように詳しくは話してくれない。


 彼女の吸うタバコの香りに、少しずつ慣れ始めている自分がいた。


 決して好きじゃないタバコの香り。

 時折タバコを吸うエマの姿は、まるで知らない誰かのように大人びて見えるのだ。





 時計の針が21時を指す少し前に、エマがソファから立ち上がる。

 吸っていたタバコを灰皿に押し付けた後、優しく愛来の髪を撫でた。


 「じゃあ、今日は静かにしててね」

 「わかった」

 「いい子」


 リビングから右側に位置するあの部屋に、エマが一人で消えていく。


 心の中でこっそりと「秘密の部屋」と呼んでいるあの部屋に、果たして何があるのか分からない

ままだ。


 近づいてからピタリと扉に耳を寄せてみるが、何も聞こえてこない。


 「何してるんだろう…」


 そもそもエマは何の仕事をしているのか、その謎すら分からぬままだ。


 本人は水商売はしていないと言っていたが、あの若さでこのマンションに暮らせる違和感は拭えぬままでいる。


 決して安物ではないソファを簡単に新調してしまう財力。


 いつも家にいて、外に出るといえばコンビニへ行くかデパートへスイーツを買いに行くくらいだ。

 

 とても働いているように見えないが、どうやって生活をしているのだろう。


 「…株とか?」


 詳しくは知らないが、株を売買して生計を立てている大人もいるとテレビのニュースで見たことがある。


 才能と努力、そして運のある人であればかなり大金を手にすることが出来るらしい。


 「じゃあ、この部屋は…?」


 頑なに入れてくれない部屋。

 時折、夜には静かにするよう言われる理由。


 「そういえば、マネージャーって…」


 あの時は取り乱していたためすっかり忘れていたが、エマは不可解な言葉を口にしていたのだ。


 「なんだっけ…うさ、うさねこみみこ?」


 頭を悩ませるが、聞き馴染みのない言葉は一度聞いただけじゃ浮かんでこない。


 アニメのキャラクターのような名前だったが、正式名称をど忘れしてしまったのだ。


 スマートフォンでそれらしい言葉を検索してみるが、ヒットするのは猫やウサギの画像ばかり。


 「あの場で調べておけばよかった…」


 どうにかして調べたい所だが、何も思い浮かびそうにない。

 

 秘密の部屋の前でしゃがみ込んでから、そっと扉に触れた。


 「……何なんだろう」


 知りたいけど、どこまで踏み込んでいいのか分からない。


 従姉妹とは言え、愛来とエマに血の繋がりはないのだ。


 「親戚の集まりとかも、全然来てなかったもんな…」


 愛来の母親の妹である優子がエマの母親だが、彼女たちに親子として血の繋がりはない。

 

 現在の優子の旦那は離婚歴があって、前の奥さんとの間に生まれた娘がエマなのだ。


 ロシア人とのハーフであるエマはとても綺麗で、親戚の間でも可愛いと噂になっていた。


 しかし優子とエマの父親の間で娘が生まれて以来、彼女はめっきり親戚の集まりには来なくなってしまったのだ。


 疎外感を感じてしまったのか、大人になってそういった集まりが億劫になってしまったのか。


 理由は分からないけれど、どんどん疎遠になっていった。


 「分からないことだらけじゃん…」


 エマは愛来のことをどう思っているのか。

 どこまで踏み込んでいいと、線引きをしているのか。


 同じベッドで寝ていても、どれくらい心に距離があるのか分からない。


 それを確認できるほど、2人はまだ打ち解けていないのかもしれない。

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