第7話
長い授業を受け終えて帰宅すれば、丁度エマがスニーカーに履き替えている所だった。
一日勉強していた愛来とは対照的に一日中眠っていたそうで、これからコンビニにお菓子を買いに行くとご機嫌だ。
「いってきまーす」
「はいはい、気をつけてね」
彼女の背中を見送ってから、部屋着に着替え始める。
ネイビーカラーのニットと、冬服のセーラー服を一式分ハンガーに掛けた。
ラフな部屋着に着替え終わってからは、学校帰りに買ってきた食材を冷蔵庫に詰め始める。
「……シチュー作ったら食べるかな」
夜ご飯は各自という話になっているが、時折食卓を囲むこともある。
どの料理を食べても全て「美味しい」という言葉をくれるため、中々に作り甲斐があるのだ。
食費はもちろん、光熱費も全てエマが出して来れている状況。
後日愛来の両親がお礼はするだろうが、やはり申し訳なさが拭えない。
もし今晩いらないと言われてしまえば、明日の朝にでも愛来が食べればいいと、閉まったばかりの材料を取り出し始めた時。
突然ガチャリと扉を開く音が、玄関から聞こえてきたのだ。
「え…?」
てっきりコンビニからエマが帰ってきたのかと思ったが、部屋に入ってきたのは見たことがない女性だった。
綺麗な容姿で、背も愛来より数センチ高い。
おそらく、年はエマと同じくらいだろうか。
状況が全く読めずに声を失っていれば、女性も驚いたように狼狽え始めた。
「あれ、エマは?」
「いま出かけてて…」
「そっか…」
秋物アウターを脱ぎ始めたため、そのまま帰るつもりはなさそうだ。
女性の手にはこの家のルームキーが握られているため、全く無関係なわけではないのだろう。
親しい関係の人と考えるのが自然だが、確か以前に彼女はいないとエマは話していた。
訳がわからず戸惑っていれば、女性がニコリと笑みを浮かべた。
「帰ってくるまで待ってて良い?」
返事を聞かずに、女性はリビングの中心に位置するソファに腰をかけた。
「じゃあ、私は他の部屋行くので…」
「ちょっとまって」
手招きをされて近づけば、手をギュッと握られる。
「座って」
「え…?」
「話したいことがあるの」
手を引かれて、半ば強制的に座らせられる。
すぐ隣にピタリと女性が座っている状況で、マジマジと視線を送られている。
一体この女性が何を考えているのかちっとも分からず、それがどこか不気味に感じた。
「あなた、本当に可愛いね」
「はあ、どうも…」
「大学生?あなたが来たから、エマはセフレ全員と関係切ったんだよ」
「え…」
その言葉に驚く間も無く、勢いよくソファに押し倒される。
直ぐに女性が覆い被さってきて、本能的に恐怖を感じていた。
いつも座っているソファの上で、見ず知らずの女性に押し倒されている状況が、怖くて仕方ない。
「でも気持ちわかる。これだけ可愛かったらあなた一人でいいかなってなるよね」
「何言ってるんですか…ちょっと」
愛来の言葉には答えずに、女性は服の裾から手を差し込んできた。
直に脇腹をくすぐられて、ゾワゾワと不快感が込み上げる。
こちらの意思とは関係なしに触れてくる無遠慮な手から逃れようと、必死に体を捩った。
「やだ、脱がさないで…ねえってば!」
どんどん血の気が引いていく。
抵抗したいのに、上手く力が入らない。
本能的に感じた恐怖を前に、体が動いてくれない。
離れたいのに、跳ね飛ばす力が出ないのだ。
愛来の震える声を聞いて、女性の瞳に熱が溜まっていくのが分かった。
「いいじゃん。エマってタチ役ばっかりで全然攻めさせてくれなくてさあ」
「そんなの、知らないし…っ何で私の体触るのっやだッ…!ねえ、やだぁ…」
ブラの上から胸に触れられ、首筋には顔を埋められる。
チクッとした痛みに、キスマークを付けられているのだと理解した。
「……ッ」
怖くて、気持ちが悪くて。
嫌悪感で涙を流す。
好きでもない相手に触れられる感触に、今まで生きてきた中で一番の恐怖を感じていた。
「もう、やめて…」
唇を震わせながら溢したか細い声を無視して、ハーフパンツの隙間から手を入れられる。
そのままショーツにまで触れられて、絶望からギュッと目を瞑ったとき。
「……何してんの」
ガタッと物が落ちる音と同時に、驚愕したようなエマの声が耳に届く。
「…っ愛来から離れて」
覆い被さっていた女性を、エマが勢いよく引き剥がす。
鉛のように重く感じていた女性が離れていっても、体の震えは止まらなかった。
守るように愛来の体を抱きしめながら、エマが女性に向かって牙を剥く。
「何考えてるの」
「いや、この子可愛かったから味見したいなって」
「泣いてるじゃん」
「でもほら、未遂だし…」
「自分が何したか分かってる?泣いてる相手に無理やりしようとするとか何考えてんの」
「ごめんって…ほら、これ鍵。もう帰るからそんな怒んないでよ」
ルームキーをテーブルの上に置いた後、女性が荷物を纏め始める。
そそくさと帰ろうとするセフレに対して、エマが低い声で牽制した。
「…まって」
「なに」
「次この子に手出したらタダじゃおかないから」
「…ご、ごめんって…20歳越えてるっぽいし、気持ちいいことしたいな〜て…」
「この子、17歳」
意味が理解できないのか、女性が首を傾げる。
「だから…高校2年生だから」
「…は?」
先ほどとは打って変わって、女性が慌てたようにバタバタと部屋を出て行く。
「チッ…」
ちょっと待っててと言い残して、エマが女性を追いかける。
流石に女子高生に手を出して、泣かせたのはまずいと思ったのか、逃げ出した時の女性の顔は焦っているように見えた。
それから5分ほどして、エマが部屋に戻ってくる。
「…追いかけたんだけど、丁度同じ階でエレベーターに乗る人がいたみたいで逃げられた…電話しても出ないし…」
「あの人、誰なの…」
「ごめん…あの子、その…セフレで…勝手に鍵持って行ってたから、返しに来いって言ってたの」
珍しく、エマにしては言葉の歯切れが悪い。
罪悪感に駆られているエマに対して、愛来は噛み付くような言葉を吐いた。
「最悪…」
「愛来…」
「あの人ヘラヘラしてたよ。私のこと襲ったのに…」
瞳の奥底から更に涙が込み上げて、ハラハラと頬を伝っていく。
好きでもない相手から触れられて、心は酷く傷ついているのだ。
「本当最悪っ…そういうことに奔放なのはいいけど、私を巻き込まないでよ!」
返事を聞かずに、彼女のセフレが置いていったルームキーを片手に部屋を飛び出す。
溢れ出す涙を必死に拭いながら、愛来は夜の街に飛び出していた。
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