第3話

「おじさーーーーーーーーーーん!!」と泣き叫ぶリードの声が暗い牢獄では頭によく響く。

牢獄の中は、トイレと硬い鉄のベッドが置いてあるだけでやることはない。ここ数日は、体育座りで地面に座っていると1日が終わる。朝だと分かるのは小窓から差し込む光りだけだ。新しい世界に来れたのに牢獄にいるなんて考えもしなかった。獣人なんか…信じるから…ここで俺の人生は終わったと確信していた。

ギィィィィィィィ…と鉄格子の前の鉄扉が開かれ、目の前が眩しくなる。


「おい!!0128番、出ろ!!」


外の眩しさに目を細め、鉛のような重たくなった体を伸ばす。鉄格子の前までくるとコヨーテの獣人が「足を出せ!!足枷を外す、早くしろ!!」と急ぐように促す。ガシャッと足枷が外れ、軽くなった足をクルクルと動かす。


「0128番!国王様が、お呼びだ!!案内する。ついて来い」


足だけ自由になった体をゆっくりと起こすと明るく暖かい絨毯の上を裸足で歩く。両手は体の前に手錠で繋がれてるため、まだ冷たい。しばらくして、大勢の鎧をつけた狼の獣人が扉の前で険しい顔をして立っている。


「ロワ国王様!!0128番を連れてきました!」と扉の窓越しに敬礼して狼の獣人に神蛇かんじゃひろの身柄を渡す。


ガガガ……と分厚い黄金の扉が開かれていく。高い天井と3つのシャンデリアが部屋にキラキラと黄金の光りを降りそそいでいる。1番奥には、イヌ科の国を実力で上り詰めたロワ国王。柴犬の獣人で王冠を被り、国王の椅子に深く腰掛け、座っている。


「おぉ、来たか!!神蛇かんじゃひろ。はよ、こっちに来い!!」


狼の獣人に背中を叩かれ、足を前に動かす。ロワ国王の前まで歩くと「そこに座れ!」と狼の獣人に声をかけられる。赤く暖かい絨毯に膝をつき、正座をする。


神蛇かんじゃひろよ、なぜこの国に来た?」

「知らないね、気づいたら草原の上に居た」

「そうか。で、リードと一緒に居たのか?この男を探して??」


1枚の白い髭のお爺さんの顔写真を見せられる。顔写真の下には神蛇かんじゃ忠紘ただひろと書いてある。


「!?白い…髭の…お爺さんって…その人だった…のか」

「やはり…知ってる人だね?」

「あぁ、だ…」


俺の父さんは仕事に出かけた朝。通勤途中の道路で信号待ちをしていた時、飲酒運転の車に跳ね飛ばされ亡くなったと母親に聞かされた。その頃の俺は小学生最後の授業中で、慌ただしく廊下を走る担任の先生が教室のドアを叩き、「失礼します!!ひろくんはいますか?今…」とコソコソ話しているのを覚えている。そして、授業中なのに荷物をまとめられ何が起きたのか分からないまま帰された。家に着くと「おかえり!」と出迎えられる訳もなく、「急ぎなさい、お父さんの所に行くわよ!」と目元を赤くしたお母さんに連れられ病院までお母さんが運転する車で移動した。この時のお母さんの運転は、珍しく無音で何も話してはくれない雰囲気だった。病院に着き、数人の警察官にお母さんだけ呼ばれ「ご主人かどうかご遺体を確認して頂けますか?」と話しているのが薄っすらと聞こえてくる。何の話か分からないが、父さんについて話していることは何となく分かった。それから数日後、俺が父さんに会えたのは小さな箱に入った父さんの姿だった。「……これが、お父さん?」とお母さんに聞くと「そうよ…」と力強く答えてくれた。その日から10年が経っていた。


「父さんが何故、ここに?どいうことだ??」

「ここはと呼ばれるネコに導かれた者が死か生きるのか判断される世界だ」

?もしかして…リードもそのネコ…なのか?」

「そうだ、リードはの血を引く最後の獣人だ」

「俺が居た世界で言うと…天使の様なことか?」

「そうだな…天使と言ったら分かりやすいな」

「リードが俺と俺の父さんを連れて来た…?ということか」


ロワ国王は静かに首を下に動かすと「おい!」と狼の獣人に向けて手を上げる。その合図を見た狼の獣人が「立て!!」と脇の下に腕を通して立たせようとしてくる。「ちょ…ちょっと!!待て!!リードはどこだ?そして、俺の世界で俺はどうなってる?」とロワ国王に問いただす。「0128番!!!暴れるな!!」と狼の獣人に腕を引っ張られる。「連れてけ!!!」とロワ国王が狼の獣人に牢獄に戻すように指示をする。


「待ってくれよ、俺はどうなる?おい!!!答えろよ!」


狼の獣人の力に負けじと体を左右に振るが無意味な行動だった。動かす気力も無くなり暖かいと感じていた絨毯は、もう暖かくは無かった。ただの赤い絨毯で牢獄の床はより寒さを感じられた。

ギィィィィ…と牢獄の扉が閉じられ目の前が暗くなる。また、暗く寒い牢獄の中で過ごすと思うと目に水が溜まる。「父さん……ここで何があったんだ?教えてくれないか?俺は死んでるのか?」と外の光も入らなくなり真っ暗になった。体育座りをして何度も何度も繰り返し考えるが、1つも良い考えは思い浮かばない。出てくるのは死んでいるかもしれないという恐怖とマイナスな感情だけだった。


「待て?父さんは遺骨になっていた…父さんはちゃんと死んでいた…でも、迷い猫に導かれた…?さっき、国王は判断されると言っていた。なら、俺はなぜ、ここに居る?まだ、生きているのか?」


外の光も入らなくなり真っ暗な窓を見つめて叫ぶ。


「リードォォォォォ!!!居るんだろ?獣人だろ?聞こえないのか?リード!!俺を、俺をもう一度…導いてくれよ!!!頼む……頼むよ、リードォォォォ!!!!」


冷えた牢獄の地面を力一杯、叩き叫ぶ。両手の小指からは血が溢れズキズキと痛む。


「まだ、生きていて良いのなら!!俺は……生きていたい!!!!」


チリンッ……と小さく鈴の音が聞こえる。

音がした方に咄嗟に体を向ける。


「にゃーぁ…」


聞き覚えのある鳴き声が聞こえる。


「リード!!!その声はリードだな!?」と嬉しそうに質問をする。

「にゃーぁ…」


聞き覚えのある鳴き声はただ小さく細い鳴き声で「にゃーぁ…」としか答えてくれなかった。

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